第5話 新生活のすすめ

「嫁☆姑大戦のサービスは終了しました」


 島津瑞穂はふとんの上でスマホの画面をじっと見つめている。既にサービス終了してしまったゲームだが、寝る前についアプリを開いてしまう。暇潰しだったゲームはいつしかライフワークへと変わり、それが抜け落ちた跡はただ空虚なだけの様だ。



 半日だが大友さくらと向き合い、瑞穂はある決心をした。さくらは自分の空虚さを埋めるピースの在りかを知っているのではないか。ならば教えを乞わねばならないと。


 瑞穂から見て、さくらは普通の日常生活に実に多くの価値を見出している。放課後の半日を共に過ごしただけでそれは十分に伝わって来た。常に広い視野を持って多くを知り、自ら踏み込み、手に取り、自分のモノにしてしまう。

 そういう生き方をさくらのすぐ側で学べば、己の空虚さを埋めるなにかを見つけられると瑞穂は思ったのだ。



「実は新しい事に打ち込みたくて、でも何をしたらいいのか自分でも分からなくて。だから大友さんに相談しようと思ったんです」

 翌日の放課後、瑞穂はものすごい勢いでもみじ饅頭を食べていたさくらに話を持ち掛けた。

 するとさくらは少し考えて

「だったらさぁ、今から探しに行こうよ。楽しいこと」

 と満面の笑顔で返してくる。瑞穂はさくらに相談して良かったと思った。

「はい。それでは何か心当たりが」

「ない…………」

「はい…………」



 それから、始めに二人が訪れたのは校舎に併設された武道館だった。さくらのツテで空手部を見学することになったのだ。


「たのもー」

 さくらがそう言うと全身傷だらけの怖い顔のおっさんが出てくる。思わず瑞穂が引いてしまうほどの迫力だ。

「ひいっこの方は」

「空手部の顧問の先生だよ」

「大内歩々(おおうちぽっぽ)です」

 顧問の先生は見た目によらず穏やかな口調で自己紹介した。

「それではまずは私の実演を見てもらいましょうか」


 大内先生が合図すると部員達が角材と空の酒瓶を用意した。これで何をするのかと瑞穂が疑問に思っていると

「よう見てなされよ」

 大内先生が構えると世界が凍りつくかと思うほどの威圧感を放っている。

「ぬんっ」

 と拳が飛べば瓶が上下に切断され

「ふんっ」

 と脚を振り抜けば太い角材が音を立ててちぎれる。


 その威力の高さに感心した瑞穂とさくらは自然と拍手をしていた。しかし、瑞穂には疑問も残る。

「どうして瓶や木を??動かないモノを相手にしてもどうかと」

 それは実戦武術を修めて来た瑞穂にとっては当然の疑問だったのだが。

「なんだぁてめぇ」

 ものすごい形相の大内氏。瑞穂のその一言が機嫌を損ねてしまった様で

「ひいいいすいませぇん」

 瑞穂は逃げるように武道館を後にして、さくらも後に続く。



「もう駄目だよ瑞穂さん。大内氏は何か無理矢理に理由をつけて強い人と喧嘩したがるんだから。今度は未経験の分野にしようよ」

 とさくらが言うので今度は華道部に来た。


「よく来たわね華道部へ」

 今度の顧問の先生はさっきとはうってかわって穏やかな物腰の女性の様なおっさんだ。

「カリーナ川崎と申します。早速ですが華道を体験してもらうわね」


 カリーナ川崎が合図をすると部員達が色々な道具や材料を持ってくる。

「まずはこれ」

 とカリーナ川崎が手に取ったのは太めの角材と花瓶だった。

 カリーナ川崎が意識を集中させると空間が歪んで見えるほどの威圧感を放っている。

「ぬんっ」

 と拳が飛べば花瓶が上下に切断され

「ふんっ」

 と脚を振り抜けば太い角材が音を立ててちぎれる。


 その威力の高さに感心した瑞穂とさくらは自然と拍手をしていた。しかし、瑞穂には疑問も残る。

「どうして花瓶や木を??」

 花瓶や展示用の棚から自分で造る本当の華道を知らない瑞穂にとって当然の疑問だったのだが。

「なんだぁてめぇ」

 ものすごい形相のカリーナ川崎。極度の集中状態の最中に質問され、思わず素の自分が出てしまった様で。

「ひいいいすいませぇん」

 瑞穂は逃げるように部室を後にして、さくらも後に続く。



「もう駄目だよ瑞穂さん。カリーナ川崎先生は繊細すぎてちょっとアレなんだから。衣食住は人間の基本、という事で今度は美味しいものを食べに行こうよ」

 とさくらが言うので今度は美食倶楽部に来た。


 美食倶楽部は一見客は断られるのだが、さくらの知り合いの紹介という事で特別に見学させてもらえた。

「美食倶楽部の貝馬場竜眼(かいばばりゅうがん)です」

 美食倶楽部の顧問の先生は見るからに気難しそうなおっさんだった。


「今日はハワイアンチョコミントパンケーキを作ります。鉄三準備を」

 と弟子に言いつけると

「用意は出来ております」

 と弟子が太めの木の枝と陶器の瓶を持ってくる。

 貝馬場が鋭い眼光で素材を睨むと場が静まり、放課後の喧騒が耳に入ってくる。

「ぬんっ」

 と拳が飛べば瓶が上下に切断され

「ふんっ」

 と脚を振り抜けば太めの木の枝が音を立ててちぎれる。


 その威力の高さに感心した瑞穂とさくらは自然と拍手をしていた。しかし、瑞穂には疑問も残る。

「どうして花瓶や木を??」

 貝馬場の素材や陶芸へのこだわりを知らない瑞穂にとって当然の疑問だったのだが。

「なんだぁてめぇ」

 ものすごい形相の貝馬場。弟子の用意した巨大なバニラの枝や陶器の瓶が気に入らずつい弟子を怒鳴りつけてしまったのだが。

「ひいいいすいませぇん」

 瑞穂は逃げるように部室を後にして、さくらも後に続く。



「もう駄目だよ瑞穂さん。貝馬場先生はこだわりが強すぎて相当アレなんだから。今日はもう遅いしまた明日頑張ろう」

 とさくらはフォローしてくれる。だが、それがかえって瑞穂にはプレッシャーになった。

「なんて事でしょう。やっぱり私の空虚はもう埋める事が出来ないんでしょうか」

「瑞穂さん、どうしてすぐ諦めようとするの。楽しいものはきっと危険や困難を乗り越えないと手に入らないよ」

 さくらのその言葉で瑞穂が思いだしたのは冷凍タチウオ剣術の修行に励んでいた頃の瑞穂自身だった。

「そうだ、そうですよね」



 近くで爆発と銃声がこだましたのはちょうどその時だった。

 校門の前で車が燃えている。その影から自動小銃を持った数人のヤクザが発砲しているではないか。ヤクザの反対側のビルの陰から姿を見せているのもヤクザ。どうもヤクザ同士の抗争が起きているらしい。

「大友さん」

 瑞穂は自然と鞄についている刀のキーホルダーを手に取っていた。

「うん」

 さくらも刀のキーホルーダーを手に取る。



 ヤクザとヤクザがぶつかり次々とヤクザが倒れていく、そんなヤクザ地獄の中に二人のコスプレ美少女が颯爽と現れた。

「なんだぁてめぇ」

 ヤクザ達が一斉に叫ぶ。

「私達は正義の使者プリティ・ヘル。ここは学校のすぐ前よ。抗争ならもっと離れた人のいない場所でやりなさい」

 と瑞穂はヤクザ達に向かって言い放った。

「引かないなら斬るよ」

 とさくらも刀に手をかける。


 すぐにヤクザ達の殺気を感じ取った二人は、ヤクザ達が銃口を向けるより早く相手の懐に潜りこんだ。

「この距離で撃ったら仲間に当たるわよ」

 瑞穂はビルの陰に隠れていたヤクザ達を華麗に切り伏せていく。

「もう喧嘩なんてやめてパンケーキでも食べに行かない」

「それカロリー超ヤバくない」

「明日からダイエットすればいいじゃん」

 とヤクザ達は武器を捨ててカフェを目指した。

 悪の心は断ち斬られた様だ。


 それから、炎上する車の陰に隠れていたヤクザ達もゲームセンターに向かった。さくらが斬った様だ。事件も解決したので警察が来る前に撤退しようと瑞穂が考えた時。

「おなか減ったしなんか食べに行こうよ」

 とさくらが気の抜けた声で言う。



 海鮮石焼タコラーメンで有名な店に二人は来ていた。

「大友さん、その明日もお願いしますね」

 瑞穂がラーメンを食べながら言った。

「それなんだけどね瑞穂さん。私思ったんだ」

 さくらもラーメンを食べながら得意げな顔をしている。器用だ。

「なにがです」

「瑞穂さんって今日戦ってた時凄く輝いていたよ。なんかこうキラキラって感じだた」

 さくらはよくわからない事を口走る。

「キラキラですか」

 瑞穂なりにさくらの発言を考えてみる。確かに悪を前にしたら戦わないといけないという使命感を強烈に感じた。もしかするとプリティ・ヘルとして悪と戦う事が自分の使命なのではとさえ思うほどに。そして、隣にさくらがいる。

「大友さん、よく分かりました。これからも一緒に正義のために戦いましょう」

「うん、いいよ」


 きっとさくらとならこの街の平穏、普通の日常を守って行ける。瑞穂はそう確信と決意をしたのだった。

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