第4話 普通の日常

 春の朝陽に照らされる瀬戸内海の美しさには目もくれず、通勤電車の中でひたすらスマホに熱中している女学生がいた。

 長い髪は桜の枝の様な物体で横に束ねられ、学校指定のカバンにはレッサーパンダのぬいぐるみや観光地とかで売ってる刀のキーホルダーがぶら下がっている。大友さくらである。


 大友さくらの朝は忙しい。ソーシャルゲームをいくつも掛け持ちしているので、通学の電車内でログインしていくのが日課なのだ。

 日課のゲーム巡りが終わる頃にはちょうど学校に着いている。ガーゴイル像のある校門を通るとすぐに声をかけられる。

「ヘィさくらァ遅かったじゃねぇか」

「あっ幸ちゃん」

 声をかけたのはニューヨーク帰りの友人である海山幸(うみやまゆき)だった。ニューヨーク帰りなのでいつもバスケットボールをドリブルしている。


「お前のクラスよぉ、四組だったぜ。ちなみに私と椎谷屋(しいがいや)が五組でゆふ子とゆのかが七組だ」

「ちょっとなんでネタバレして来るのさ。私まだ見てないんだよっていうか私だけ四組なんだね」

 この五人は一年生の頃に中が良かった五人だ。

「まあ心配すんなって。お前のクラス共菱さんとかもいたし」

「う~ん、取りあえず見てくるよ」


 さくらはクラス発表の張り紙に群がる人込みに割って入る。誰か友達でもいないかと周囲をうかがいながら前へ進むと見覚えのある後ろ姿が。

「島津さん」

「あっその……その節はどうも」

 島津瑞穂は今更ながらものすごく改まった感じだった。

「うん、もしかして同じクラスだったりして」

「みたいですね」

「やったぁ今年はヨロシクね」

 友達が同じクラスでなんとなく安心したさくらだった。


 二人が教室に移動してからは先生の話を聞いて、始業式をして、自己紹介をして、十数年の人生の中でもう何回も繰り返してきた事だ。そんな普通の日常をさくらは実感していた。そして、鞄のキーホルダーに目をやる。ミニチュアの刀が昨日の出来事を裏付ける確固たる証拠。

 それから、少し体を傾けて横の方の席にいる瑞穂を見ると偶然にも目が合った。だから今日の放課後は瑞穂と遊んでみようとさくらは思った。



 二人はそばを打っていた。

「どうしてそばなんですか、大友さん」

「どうしてって、今日は美食倶楽部の活動がないから家庭科室が空いてるし。それにそば打つのって楽しいでしょ」

「はぁ……」

 別にゲームセンターでも蹴鞠でもなんでも良かった。さくらはただ瑞穂がどういう人間なのか、目の前で確かめずにはいられなかっただけだ。

「島津殿はなかなかの包丁さばきですなぁ」

 瑞穂は実に優雅な包丁さばきでそばを紡いでいく。

「そんなことないですよ」

「いやぁあるね。明らかに素人のそれじゃない」

「実は昔武術の経験がありまして刃物の扱いには慣れてるんです」

「やっぱりそうだ、島津さんってなんでも出来るね」

 さくらの素直な感想だったのだが、瑞穂は沈黙してしまった。瑞穂にも出来ない事があるというのだろうか。


 一瞬の沈黙を打ち破ったのは半裸にそばを巻き付けたアメコミヒーローの乱入だった。

「お前らか、このキャプテンオソバの許可なく間違ったそばの打ち方をしている不届き者は」

「おじさんここがアメリカだったら銃殺してたよ」

 さくらは銃社会について歪んだ情報を与えらている。

「あなた誰ですか」

「俺はなぁ、間違ったそばの打ち方が許せないタイプのアメコミヒーローなんだよ。そして、お前はそばの正義に反した」

 どうも怒りの矛先はどうやら瑞穂の様だ。

「私が何をしたっていうんですか」

「お前が握ってるのは包丁じゃなくて冷凍タチウオなんだよ。それやとそばに魚の臭みが移るやろこのダボがぁ」

「ああぁっ」

 どうやら瑞穂は包丁と間違えて冷凍庫に入っていたタチウオを握っていたらしい。意外とうっかりしているところがあるのかもしれない。

「そっか、おじさんはそうやってそばの平和を守ってたんだね」

 さくらは勝手に納得した。

「そや、わかればええねん」


 結局あれから完成したそばを三人で食べてから、気を取り直してゲームセンターに行くことにした。

「うわぁぁぁぁ助けてくれぇぇぇぇ」

 午後の静かな町に絶叫が響き渡ったのはちょうど三人が大通りに差し掛かった時だった。絶叫の主は血まみれの男性だ。

「大変だ、とんでもねぇ人殺しがいるぞ。生きてぇ奴は逃げろぉぉ」

「人殺し」と聞いて瑞穂とさくらは男に駆け寄った。

「大丈夫ですか」

「どこにいるの人殺し」

「ゲームセンターでぇ暴力的ゲーム規制派のPTAが銃を乱射してるんでぇ」

 それを聞いて二人は顔を見合わせる。

「行きましょう、大友さん」

「うん」

 さくらは瑞穂の決断に従った。

「おい、お前ら正気かよ、相手は機関銃なんだぜ。お前らみたいな小娘が行ったってどうにもならねぇよ」

 と言うキャプテンオソバを振り切って二人は前に進む。

「ハリウッド映画の見すぎなんじゃねぇかおい。俺はオソバ界に帰るぜ」



 現場では犯人を取り囲む様に警察機動隊が盾を持っていた。当の犯人はビルを背にガトリングガンを構えている。

「お前ら俺に近づいたら酷い目に合うぜ。絶対痛いぜ」

 対する警察機動隊も

「やめなさい、武器を捨てて和解せよ」

 と川柳で応戦するのが精一杯だった。


 そんな行き詰まった現場に二人のコスプレ美少女が颯爽と現れる。

「なんだこのコスプレ美少女は」

「ここは子供の来る場所じゃないぞ。今すぐ帰りなさい」

「写真いいすか」

 という警察機動隊の制止にも耳を貸さず、二人は一直線に犯人に向かって歩いて行く。だがその態度がかえって犯人を刺激した。

「なんだぁてめぇら。今すぐ機関銃でミツバチさんの巣にしてやるぜ」

 それに瑞穂も全く動じず

「やめなさい。今すぐ機関銃捨てて投降しないというのなら、正義の名の元にあなたを斬ります」

 と無表情で言う。

「そうだよ、正義だよ」

 とさくらも乗っかってみた。


「ふざけんじゃねぇ」

 ついにキレた犯人が機関銃のハンドルを回して鉛玉をブッ放す。

 その瞬間、二人は左右に別れて地を蹴った。それに動揺して眼を左右させる犯人の喉元へ、二人は一瞬でたどり着き

「会心しなさい」

 両側から刀を抜いた。


「あぁわたくしはなんて事を」

 わずかな沈黙の後、犯人は崩れ落ちて鉛玉を懐からばらまいた。

 悪の心は断ち斬られた様だ。

 そして、唖然としていた警察機動隊が我に帰り

「全員突撃、犯人を確保ぉ」

 二人はそのどさくさに紛れて現場を後にした。



 夕方の海岸で瑞穂とさくらはもみじ饅頭を食べていた。

「凄い一日だったね今日は」

「はい、犯人が捕まって良かったです。でもこんな事がネットに上げられたら両親とか学校でなんて言われるか」

 と瑞穂は心配しているので

「大丈夫だよ。変身してるから私達だとは誰も思わないでしょ」

 とさくらは言っておいた。


 この一日を瑞穂と共に過ごし、さくらは一つの答にたどり着いた。瑞穂は持っている、この退屈な普通の日常をぶっ壊してくれる何かを。瑞穂と一緒に居ればもっと面白い物が見られると。十数年生きて、ちょうど普通の日常にも飽きて来た頃だ。瑞穂と友達になって良かったと思うさくらだった。


「改めて、これからもよろしくね瑞穂さん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 これが正義の使者プリティ☆ヘルの始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る