第3話 剣と剣

 瑞穂が初めてリアルの世界でさくらを見た時、ゲームの世界でのイメージとの違いに驚いた。

 ゲームの世界では常に前を進み、適切な助言とフォローで自分を導いてくれた大きな存在。それが瑞穂の「さくら☆」に対する印象だった。

 だが、実際のさくらは初めて顔を合わせた時から無邪気で幼い笑顔を向け、それが決して小柄でもないさくらを小動物の様に小さく見せた。


 その小動物みたいなさくらが刀を手に取り、変身した。随分と大人びた姿に見え、瑞穂の頭の中でゲームの世界でのさくら☆と重なった。

 それでも、瑞穂の心配が尽きる事はない。なんと言ってもさくらは刀においては素人同然なのだから。その立ち居振る舞い、刀の握り方一つ見てもそれが素人のモノだと剣の道にいた瑞穂にはすぐに判った。

 そんなさくらが変身して超人的な身体能力を得たからといって勝てるとも限らない。剣の世界はそう単純ではない事は瑞穂自身が誰よりも知っている。


 そういった瑞穂の漠然とした不安はすぐに杞憂へと変わった。

「じゃあいくよ」

 とさくらが気楽に宣言してから刀を振り抜くまでの間は、熟練の暗殺者レベルでないと見落としてしまうほどに疾かった。


「ひぃぃぃぃ、なんで私外なのにおしゃれじゃない着物着てるのォォォ」

 悪の心は断ち斬られた様だ。

 だが、着目すべきはそこじゃない。さくらの太刀筋は明らかに素人そのものだった。だが、あの一撃はプリティ・ヘルに変身した事による身体強化だけでは説明がつかないほどに見事だ。そこに納得出来る理由や説明を求めるならば、剣に迷いがないからだと瑞穂は考えた。つまり悪を裁く正義の心がさくらにはあると。


 奇跡とは長続きしないもので、役目を終えたであろう二人は一瞬のうちに元の姿に戻ってしまった。

「すごいっ刀が小さくなっちゃったよ」

 二人の刀は観光地で売ってる剣のキーホルダーみたいな姿になった。

「なるほど、これならいつでも持ち歩けてすぐに変身出来ますね」

 瑞穂とマッチョ野郎達は手のひらの刀のミニチュアを眺め、その格好良さに思わず見とれてしまった。そんな瑞穂達には構わず

「じゃあ、そろそろ必殺刑事純情人の再放送の時間だから帰るね」

 と言い残してさくらは去って行った。

 瑞穂もこの日はいろいろあったので一度自宅に帰り、必殺刑事純情人の再放送でも見ようと思った。


 プリティ・ヘルの二人もマッチョ野郎達も気付いていなかったのだが、この一部始終を遠くから傍観している人影がビルの上に。

「やっと見つけたぞ、裁きの宝刀」



 瑞穂を先頭に七人のマッチョ野郎達の行列が夕暮れの住宅街を進む。

「ってどうして私に付いて来るんですかあなた達」

 するとマッチョ野郎達のリーダー格のチョコは困り顔になる。

「なんでって、我々は見ての通り遥か異世界のショコラニアから来たのだ。つまりこの世界は右も左も前も後ろもわからんという訳で、まぁその色々あれでな」

「要するに行き場が無いって事ですね」

「まぁそういう事だからしばらくは居候させてはくれぬか」

 瑞穂の屋敷はかなり大きい。ガタイのいいマッチョ野郎が七人来た所で全員問題なく足を伸ばして眠れるほどには大きい。

 だからこそ瑞穂は一瞬考えた。そして、走り出した。今の瑞穂なら100メートルを11秒で走る事だって出来るだろう。

「あっ待ってくだされ」

「全員瑞穂殿に続こうぞ」


 瑞穂は街を走り抜け、海岸にたどり着いた。ここまで来ればマッチョ野郎達も追って来ないだろうという考えは甘かった。

「おおっ瑞穂殿は足も速いのだな。さすがはプリティ・ヘル」

「そんな…………どうして」

 瑞穂は刀のキーホルダーを握り絞めた。この七人は悪だろうか。

「否」

 彼らは異国に来て行き場の無い人間なのだ。そんな人間を見捨ててなにが正義だろうかと。瑞穂は自分に問い続ける。そして、刀のキーホルダーを仕舞った。

「わかりました、でも一つだけ教えてください。あなた達はどうしてこの明陽市(あけひし)に来たのですか」

「我々は聖地アルフォードを目指して旅を続けているのだ」

 なんだか知らないけど旅人ならそのうち旅立つだろうと瑞穂は安易に考えてしまった。



 瑞穂の実家は武家屋敷のような和風建築で庭園や蔵があるほどの豪邸だ。その無駄に広い屋敷に父と母、弟と瑞穂の四人だけで暮らしている。

 すっかり陽も落ちてから、瑞穂達は家の裏門から隠れる様に敷地内に入る。

 瑞穂は住居と離れた建物にマッチョ野郎達を連れていく。

「おおっこれは中々いい家ですな」

 蔵である。

「いいですか、家にいる時は音を立てないでください。あとここから出入りするのは夜中だけですよ」

 野良マッチョを蔵に住まわせているなんて事が家族にばれては流石にまずい。だから念入りに釘をさしておく。

「この恩はいつか必ずや我ら七人が返しますからなぁぁぁぁ」

 チョコは感動して涙を流し始め、それにつられて他のマッチョ達も声をあげて泣き始める。

「ちょっと静かにしてくださいってぇ」



 この日は色々な事が起きて非常に疲れたので瑞穂はすぐに就寝した。

 翌朝、目を覚まして時計を確認。時刻は午前8時。この日は始業式の日だ!!

 瑞穂は大慌てで制服に着替えると走り出した。模範的生徒の島津瑞穂が遅刻なんてあり得ないのだ。今の瑞穂なら100メートルを10秒で走る事だって出来るだろう。

 ここである事を思いつく。キーホルダーの刀を抜いて変身!!プリティ・ヘルの身体能力なら余裕で学校に間に合う。


 事なきを得た瑞穂は変身を解いて学校に入る。校庭には人垣が出来ていた。クラス発表の張り出しがあるのだ。

 名簿を目で追い、真っ先に目に入ったのは「さくら」という文字列。大友さくらという名のすぐ近くに瑞穂の名前もあった。どうやら同じクラスの様だ。

「島津さん」

 聞き覚えのある声。振り替えるとそこにさくらがいた。彼女となら友達になれるかもしれない、瑞穂はそんな気がした。



 同日、明陽市内山間部の廃工場には十数人ほどの男達がいた。その十数人は皆武士風の格好をしている。彼らは新世紀天誅党の別動隊。ここは新世紀天誅党の隠れ家的シェアハウスなのだ。

「遅いぞ、武蔵達は何をしている」

「まさか逃げ出したのか」

「いや、武蔵に限ってそれは」

「俺達に黙ってUSJに行ったのでは」

 と志士達は味方からの報せが無い事に苛立っていた。


「貴様らの仲間なら既にちらし太郎の彩り寿司だぞ」

「なんだ貴様ら」

 隠れ家への来訪者は七人の男と一人の女、そして、三角の頭巾を深く被り顔の見えない男であった。


 頭巾男は志士達に構うことなく自分の話を続ける。

「心配なさるな、我々は貴様らの攘夷活動には興味が無い。ただこの素晴らしい物件を明け渡して貰いたいだけなのだ」

「ここは我等新世紀天誅党の場所だ。誰に断ってそんな事を言っておる」

 すると頭巾男は一枚の紙切れを出した。

「土地と建物の権利書だ」

 すると志士達は一瞬顔を見合わせて考えたが

「なんとぉぉぉ、正論を覆してこそ維新。隠れ家なくしてジョウカツは出来ぬ。その紙切れをよこせぇぇぇ」

 と一斉に抜刀して頭巾男に殺到した。


「随分愉快な奴らだな」

 志士達に立ち塞がったのは背中に大斧を二本も背負った大男。

「お見せしよう、不知火忍法の威力」

 大男は力任せに二本の斧を放り投げると血の華が二輪。志士の二人は高速回転する斧に引き裂かれた。だが惨劇はそれだけでは終わらない。大男が唐突に阿波おどりを始めると二本の大斧が急旋回をはじめて再び志士達を襲い始めたではないか‼どうやら阿波おどりの力で斧を自在に操っている様だ。


 そこからは悲惨な物で、阿波おどりによって操られた大斧に追い回され、逃げ惑う志士達は次々に切り裂かれていく。周囲一面は血の海と化したのは言うまでもない。


「私とマリア様はダイエー買い物に行く。お前達は新居の掃除をしておくのだぞ」

 と女と頭巾の男は廃工場に背を向ける。その頭巾の奥で二つの眼が怪しく光る。

「待っているがよいジャッジメント・ヘル」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る