第2話 女の子はいつも真剣勝負

 島津瑞穂に物心着いた時、彼女は既に冷凍タチウオを手にしていた。島津瑞穂は冷凍タチウオ剣術の達人だった。


 冷凍タチウオ剣術はその始まりから冷凍タチウオ剣術だった訳ではない。その起源は身の回りの物を武器として活用する、あらゆる環境に対応出来る実践的な武術だった。

 それがいつの頃からか、数ある技の多くが忘れられていき最後には冷凍タチウオだけが残った。


 両親の手解きで、幼い島津瑞穂は冷凍タチウオ剣術の修行に明け暮れた。過酷な修行の果て、彼女はわずか十五歳にして世界最強の冷凍タチウオ剣術家として君臨してしまう。向かう所に敵はなくその名声は冷凍タチウオ剣術界に広く知れ渡り、高校進学も冷凍タチウオ剣術推薦で何の苦もなく私立メガザウルス学園の特待生に決まってしまった。


 だが、そこが島津瑞穂の全盛期だった。

 瑞穂が高校に入学した直後、市から競技の危険性と食品の扱いの悪さについて指導が入り、冷凍タチウオ剣術は全面廃止に追い込まれてしまった。これが世に言われる片銀元年の廃タチウオ令である。


 瑞穂の生活は学業も人間関係もそつなくこなし、他人から見れば充実した学園生活そのものだった。だが、冷凍タチウオを手から失って以来、その内面は虚無そのものであった。

 家に帰ってもする事はなく、将来の展望も何もない。ただ、存在するその時々を無気力に消費するだけの生活だ。


 そんな折、暇を持て余して始めたのがソーシャルゲーム「嫁☆姑大戦」だった。

 瑞穂の心を空っぽにしない程度には満たしてくれた。だがそんなソーシャルゲームの世界もまもなく終焉を迎えようとしている。


 そして、瑞穂自身の世界にも幕を下ろそうかと手をかけた所で思わぬ展開になったものだ。

 テロリストが現れて、どうせ捨てる命ならと思いきってみたら、突然出てきた変態と自分が伝説の正義の使者だなんて。しかも、服装まで変態達と同じようなモノになってしまっている。そんな状況は瑞穂の脳では半分も理解出来なかった。


「マッチョさん達はコスプレイヤーなの」

 こんな状況でも物怖じ一つせずに疑問をぶつけたのは大友さくらだった。

 するとマッチョ野郎のリーダー格らしき伝説の刀を持った男は誇らしげに筋肉を見せつけ

「我々はコスプレイヤーではないぞ。実は大昔に伝説の正義の使者ジャッジメント・ヘルが我々の世界ショコラニアを救ったという伝説があるのだ。そして、古文書によるとジャッジメント・ヘルは頭にはリボンを付け、服の袖や裾はことごとくヒラヒラしたものにまみれ、スカートは膝より上なのだという。だから我々ショコラニアの戦士はそれぞれが思い思いにジャッジメント・ヘルのような正義の戦士たらんと古文書通りの装束を纏っているのだ」

 ジャッジメント・ヘルは女の子だったんじゃないかと言い出せない瑞穂だった。



 さて、瑞穂はこれまでの情報を頭の中で整理する。持ってきた古い刀と変態の刀が反応して自分も変態と同じような格好になった。この格好は伝説の正義の使者ジャッジメント・ヘルと同じ。つまりこの島津瑞穂は伝説の正義の使者ジャッジメント・ヘルなのだ!!


 瑞穂が自分の中の正義を確信した時、刀身は一層輝きを増した。古びた刀の柄は光と共に黒と銀の蒔絵の様な姿に。瑞穂自身もどこか大人びた雰囲気がして背すら伸びた様に見える。


 悪を裁かねば。瑞穂の中の正義が語りかける。今の自分はきっと島津瑞穂ではなく、正義の使者ジャッジメント・ヘルの瑞穂なのだと感覚で理解する。

「大人しく投降しなさい悪党達。さもなくば、あなた達みたいな身勝手な正義を名乗る不届き物はこの私が斬って捨ててやる」

「わしら新世紀天誅党九人を相手に斬って捨てると?」

「貴様の様なコスプレ女に斬れるものか」

「面白いっすね」

 新世紀天誅党の面々は大爆笑、大友さくらとマッチョ野郎七人は記念写真を撮っていた。


「私は斬って見せる」

「いや、斬れんな」

 瑞穂の発言を遮って否定したのは新世紀天誅党の面々ではなく、マッチョ野郎のリーダー格だった。

「今の私に斬れないものなんてありません」

「それがな、ショコラニアの古文書によるとジャッジメント・ヘルが正義の心で悪を斬った時、敵の悪の心だけを断ち斬ったという。つまり、お嬢さんは悪の心は斬れてもその悪党自体は斬れぬはずだ」

「むしろその方がいいでしょ!!」

「あっそっかぁ」


 もしも、本当に悪党の悪の心だけを断ち斬る事が出来るというのなら、もはや瑞穂には何の迷いも無いだろう。

「いざっ参る」

 瑞穂はこれまでにない体の軽さを感じる。あの重たかった刀も冷凍タチウオよりも軽く感じる。無重力、無抵抗、無音、何もかもを置き去りにしての最速の一撃。

 新世紀天誅党の一人で一番前にいた男は刀を抜く前には既に斬られていた。だが、体には傷一つ無い。そして、斬られた男は夢から醒めたかのように顔つきが変わり

「あらぁ~~嫌だわぁ。私なんで武士のコスプレなんてしてるのよぉぉぉ。ってきゃぁぁぁナニこの変態マッチョァァァ」

 彼は悪の心だけを断ち斬られた様だ。この一部始終を見たマッチョ野郎達も大興奮な様で。

「おおっ伝説は本当だったか」

「これがジャッジメント・ヘルの力」

「さくら殿、写真は撮りましたかな今の」

 悪の心以外の大切な何かも斬ってしまったんじゃないかと言い出せない瑞穂だった。


「では次はショコラニア戦士団団長改めジャッジメント・ヘルのチョコが参る」

 マッチョ野郎のリーダー格も刀を構え、常人にはとても繰り出せないような速さでの一閃。

「ぐわぁぁぁぁ」

 新世紀天誅党の一人が血を噴き出して倒れた。

「あれっ??」

「やっぱりお前はジャッジメント・ヘルに選ばれて無いんじゃねぇか。変身しとらんし」

「そんな訳あるか」

 マッチョ野郎達はモメ始めた。どうも怪しい雲行きだ。

「うるさい、伝説の刀を貸せ。チョコ改めココアが参る」

 と他の仲間が刀を奪ってまた一人斬った。

「ココアでも無ければこのカカオ様しかおらんだろう」

「いあやここは、ガーナが」

「ガトー参る」

「トリュフもおるで」

「サンダーブラックに任せろ」

 と順番で試し斬りを試み、屋上には新世紀天誅党の志士達が転がっている。立っていて戦意があるのは残り一人となってしまった。


「ちょっとこの人達死んじゃうんじゃ」

 流石にこれはまずいと瑞穂は焦った。

「大丈夫だ、急所は外してある。ショコラニアの秘薬を塗っておけばそのうち治るだろう」

「ねぇ、私にもやらせてよ。試し斬り」

 話の流れを断ち斬ったのはさくらだった。

「そんな、危ないですよ」

 と制止する瑞穂を気にも止めず、さくらは刀をマッチョ野郎から受け取った。

「島津さんそいつ悪い奴なんだよね。じゃあ斬ろうか」

 その時、刀がさらなる光を放つ。瑞穂の時と同じだ。

 刀の柄は白と金で宝石箱の様に飾られ、光がさくらを包み込む。指先から腕、腕から上半身、という具合に体の全身を巡るように包み込む。光の通った後にはひらひらとした布の衣装が施されている。和装の瑞穂に対してこっちは洋装のドレスだ。


「もしかしてって思ったけど、やっぱり私がジャッジメントヘルなんだね。でもジャッジメン・ヘルって可愛くないし、う~~ん、そうだなぁ」

 さくらは少し考えて

「私達は今日からプリティ・ヘル」

 変身して少し大人びた、それでいて少し無邪気さを残した笑顔でさくらは言った。



 この出逢いにはきっと意味が在る。瑞穂は確信した。

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