第15話 習志野栞の本心 3
ここしかない!俺は息を切らしながら目的地にたどり着くと、扉をこっそりと少しだけ開いた。
するとそこ――屋上には……
「習志野さん、あなたのことが好きです!俺と付き合ってください!!」
坊主頭の男子生徒と習志野が立っていた。
俺はその光景を入口からこっそりと覗き見る。――ここまでは予想通り。
今現在、まさに告白の真っ最中。さぁ、習志野はどう答える?
習志野は今まさに追い詰められた状態だ。
初日に俺に告白して保留状態となっているが、今日中に俺からOKをもらわなければ退学。
しかし俺からそのような素振りは一切ない。
そんな追い詰められた状況で差し伸べられた最後の救いの手があの坊主頭だ。
あいつの告白にOKすれば、とりあえず習志野は退学を免れる。
本気で俺が好きであるとしても、保険という意味ではOKするのが当然だ。
これから俺を口説く時間は確保されるし、俺を口説き落とした時にはあの坊主頭と別れれば済む話だ。これは別にルール違反でもないし、むしろこの学校では「恋愛の駆け引き」として推奨されている。
恐らく習志野はOKするはずだ。
だが、俺が知りたいのはそこじゃない。
「お前のことだ。どうせ何か仕込んであるんだろ、葛西?」
俺は振り返ることなく、俺のすぐ後ろまで来ていた人物――全ての仕掛け人、葛西寛人に問いかける。
「ははっ、さすが辰巳君。あの坊主頭には告白のチャンスを作ってやる代わりに、結果がどうあれ、栞ちゃんがどういうつもりで辰巳君に告白したのか、本心を聞きだすように言ってあるよ」
「そりゃどうも」
「僕も彼女と君には興味があるからね。まぁ、君が期待してる答えが出るかは分からないけどね」
と、その時、今まで沈黙が続いていた習志野と坊主頭の方に動きがみられた。
習志野が返事を返すべく、口を開いたのである。
「…ご、ごめんなさい!あなたとは付き合えません!!」
「!!」
…習志野が…断った…だと…?
俺のすぐ隣では葛西が「ありゃ?これは意外だ…」と軽く驚いている。
しかし、俺の方は軽く驚くどころではない。驚きのあまり言葉も出てこない。
なぜだ?あいつにとってここで断ってもほとんどメリットがないはずだ! 生徒ポイントにしたって今の時点で持っているポイントなんてたかが知れている。それよりも確実にペアを組んだ方がいいに決まってる。それとも、まさか俺がOKするっていう勝算でもあるのか?
「ど、どうして?もしかして、もうあの氷室って奴と付き合ってるとか…?」
俺が気になっていることを坊主頭が尋ねる。
遠くからでも分かるほど、坊主頭は信じられないといった表情をしている。
気持ちは分かる。俺だってまさか習志野が断るとは思っていなかったからな。
「いえ、たっくんからはまだ返事をもらってません。それに多分私はこの後、フラれてしまうと思います」
習志野が困ったような顔で笑っている。
どういうことだ?フラれたら退学なんだぞ?俺が断ろうとしていることが分かっているなら尚更坊主頭の告白にOKするべきだろ!
「そ、それならOKするべきだろ!?俺を保険として利用してからもう一度氷室にアプローチすればいいだけじゃないか!!」
「私、高校を卒業するまでに婚約できなかったらお見合いすることになってるんです。」
「え!?」
俺は声を上げないようにするので精一杯だった。
おい、なんだよそれ!?そんな話聞いてねぇぞ!!
隣を見ると、葛西も驚愕の表情を浮かべてこちらを見ている。
「だから、これがラストチャンスなんです」
「それじゃあ尚更――」
「いえ、最後だからこそ、私は、結果はどうあれ、たっくんへの愛を貫きたいんです」
ようやく、今までの習志野の行動の理由が理解できた…。
追い詰められた時に人間は本性をさらけ出す。――これは俺の持論だが、今でも正論だと信じている。
そして、その持論に習志野を当てはめると、こいつは入学前から追い詰められていた。高校卒業時に親の決めた相手と結婚させられる、という状況でこいつが出した答えが…恋星高校入学初日での、あの告白だった…
なんだよ、それ……。こんなまっすぐ過ぎる奴を疑ってたなんて、俺格好悪過ぎだろ……。
「それに、誰かを利用してまでたっくんと結婚しようと思ってたら、入学初日に告白なんてしませんよ」
習志野は笑顔で答えた。
「――その言葉本当なんだろうな?」
声の主は習志野でもなければ坊主頭でもない。――俺だ。
「た、たっくん!?い、いつから見てたんですか!?」
突然の俺の登場に焦りまくる習志野。顔を真っ赤に染めてオロオロしている。
「それより俺の質問に答えろ。――さっきまでの話、全部本当なんだろうな?」
「~~は、はい…」
余程恥ずかしかったのか、さらに顔を紅潮させて俯くと、消え入りそうな声でポツリと答えた。
「それなら、ペアになってやる」
「……へ?」
「だから!俺がお前のペアになってやるって言ってんだよ!」
「…っていうことは、私の告白は…」
「OKだってことだよ!」
俺は恥ずかしさのあまり目を反らしながら答える。
しかし、その隙に……
「うおっ!?」
「たっくん!ありがとうございます!ありがとうございます!!」
習志野は勢いよく俺の胸元へと飛び込み、泣きながら叫んでいる。
俺はいきなり習志野に抱きつかれたせいで転びかけたが、なんとか持ちこたえた…。
しかし、そこで習志野の攻撃は止まらなかった。
「そ、それでは、誓いのキスを…」
「なっ!?しねぇよ!離れろ!!」
「ど、どうしてですか!?私達は結婚したも同然ではないんですか!?」
…こいつ何言っちゃってんの…?結婚するのはペアで卒業した時だろうに…
それに…
「ちょっと待て!確かに俺はお前の告白を受け入れてペアになった。――だが、あくまでそれだけだ。」
「ど、どういうことですか…?」
「単刀直入に言う。俺はお前のことをペアとしては認めたが結婚相手としては認めてないってことだ!」
「えー!!そんなぁ…いいじゃないですか!結婚くらい!!」
習志野がめちゃくちゃな駄々のこね方を披露してくる……。なんだよ、結婚くらいって!!
確かにこいつのことは信頼できると思った。だからこうしてペアを組むことにしたんだからな。だが、それと結婚は別の話だ。
以前半年間一緒に過ごしていたからって、もう10年くらい前の話だ。今のこいつのことは全然知らん。そんな奴と勢いで結婚なんてさすがに無理だ…
「お前がどう思ってるかは知らんが、俺は自分の結婚相手を昔の思い出と勢いだけで決められる程行き当たりばったりで生きてないんでな。これから3年間でじっくり判断してやる!」
「いいでしょう!望むところです!!絶対にたっくんを落として結婚してみせますから!!」
習志野がムムっとした表情でこちらを見上げてくる。どうやらやる気満々のようだ。
っていうか、こいつホントに切り替え早ぇな…。
……しかし、なんか忘れてるような……
「…あっ!」
「あー!すみません!!」
俺と習志野はほぼ同時に気付いた。
二人の視線の先では…
「うぅ…いいんだ、別に…栞ちゃんが幸せなら…!!」
「ごめんよ。僕もできる限りの協力はしたんだけど…」
号泣する坊主頭とそれを宥める葛西の姿があった……。全部自分で仕組んだくせにわざとらしい励ましをする葛西にイラっとしつつも、『葛西の胡散臭さを見抜けないのもどうかしてる。そもそも、俺、こいつのことほとんど知らねぇし。ご愁傷様。』と思うに留まった。
すまんな、坊主頭!だが、人間会ったばっかりの奴に対してはこんなもんだ!
――今さらだけど俺って他人にはドライな人間だったんだな…。こいつのことも途中から完全に忘れてたし…。
「すまん…」
「ホントにすみません!!」
…なんか、いろいろとすまん!名前も知らない坊主頭!!
――こうして、俺は一人の尊い犠牲者と引き換えに信頼できるパートナーを見つけることに成功した。
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