第二章
第16話 主席卒業のための方針
「おい、習志野……学校から戻ったばかりで悪いが、お前に見せてほしいものがあるんだが…」
学校から部屋に戻った俺は、ずっと気になっていたことを明らかにするべく、ペアを組むことになった習志野栞を問いただすことにした。
「な、ななんですか?――も、もしかして私の裸が見たいんですか?やっぱりたっくんも男の子ですね。」
習志野は顔を赤らめ、体を手で隠しながらもチラチラと何かを期待したような目でこちらを見てくる。――まぁ、見たいか見たくないかで言ったら見たいが、できればもう少し女らしい体が見たいものだ……。
「…そんな体を張った冗談はいらん。」
「し、失敬な!こういう体型も最近では需要あるんですよ!?」
「自分で言うな!」
なんというポジティブシンキング!!世の中にはその体型をコンプレックスに感じる貧乳達が大勢いるというのに…
俺は改めて習志野の体に視線を向ける。――身長150センチ程度、胸に至ってはブラジャー等要らないレベル……。
――逆にこれくらいの方が開き直れるのだろうか……
「――ほ、本当に見たいんですか…?」
習志野が頬をさらに紅潮させて、上目遣いで俺の様子を窺っている。
どうやら俺があまりにも真剣に習志野の体を見ていたせいで要らん誤解を与えてしまったらしい。――ま、まぁ、見たいか見たくないかで言ったら見たいが…。今見るべきものはそっちじゃない!
「いや、今はそっちより見とかなくちゃならんものがある。」
俺は真顔でまっすぐ習志野を見据えて話しを本題に戻した。
「単刀直入に言う。習志野、お前の現在の生徒ポイントを見せろ。」
一瞬の間の後、すぐさま習志野の表情が動揺の色に塗り替わる。
目を凄まじいスピードで泳がせ、額にはうっすらと冷や汗が滲んでいるように見える。……よく一瞬でここまであたふたできるな…。
「ななな、なんでたっくんにそんなもの見せないといけないんですか!?プライバシーの侵害です!!」
「……」
こうなった習志野には最早言葉は要らない。俺はただ、無言で習志野の目を見つめる。
「だ、大体、ペアだからってなんで見ようというのが大きな間違いで……」
「……」
「も、物事にはタイミングというものがあってですね……」
「……」
「……すみません、これが私の生徒ポイントです……」
無言のプレッシャーに耐えきれなくなった習志野が自分の生徒端末を差し出す。
このように、気が小さく、根が真面目なタイプは、無言で視線を向けられることで嘘や隠しごとをしていることへの罪悪感を増幅させやすい。そのため、このようなタイプには真顔で黙って見つめるという『にらめっこ戦法』が有効なのである。(俺調べ)――以上、氷室辰巳のワンポイントアドバイス、終了!!
……いや、今はそんなことをやっている場合じゃないか。
「…マジか…?」
画面を操作し、目的のページを見た俺は、その信じたくない光景に絶句した。
「習志野栞…現在の『個人』生徒ポイント298ポイント……学年順位198位……」
…さすがにこれは予想外だ…。今現在、学校生活も始まったばかりで、大きな行事もないため、生徒ポイントは、ほぼ入試の点数がそのまま反映されている。つまり、この298点・198位というのが習志野栞の入試結果なのである。――習志野とペアを組んだため生徒ポイントが二人分になっているはずなのに、あまりにも伸び幅が少ないと思ったら…やはりこういうことだったか……。
俺は自分でも引きつっているのが分かる顔を習志野に向ける。
「い、いやぁ…298(にーきゅっぱ)とか198(いちきゅっぱ)とか、なんか語呂がよくて縁起いいですよね…」
いや、よくねぇだろ!スーパーの売価じゃねぇんだから!!だれもそんなの気にしてねぇし、縁起もよくねぇよ!!
「ちなみに俺達の学年が何人いるか知ってるか?」
「……200人です……。」
正確に言うなら、さっきの坊主頭が退学になるから199人だ。
そして、今の生徒ポイントはほぼ入試の点数だけで構成されている。
つまり…俺は学年1,2を争うバカとペアを組まされたわけである!!
「一応聞いておく。入試当日、体調が悪かったり、1科目だけ名前を書き忘れたり、お前に何かトラブルはあったか?」
「……えーっと、実は――」
「正直に答えろよ。」
「体調も万全で名前は10回以上確認しました!!」
…マジか…。っていうか10回も名前確認してる暇あったら問題を見直せ!
――それにしてもここまでとは…。
「よし、別れよう!」
「ちょ、ちょちょっと!!待ってください!!私達まだ付き合ったばかりですよ~!」
習志野が少し涙目になりながら縋りついてくる。
…まぁ、さすがにこれで別れるのは冗談としても、このままではまずい…
普通の学生の学生ポイントの大半を占める『学力』。
俺は自分の学年3位という予想以上の入試の成績を活かし、この学校におけるポイント稼ぎの柱に『学業』を据えようと考えていた。
だが…その計画は一瞬にして瓦解した。
ペアの一人が学年ワーストの項目を中心にポイント集めをするなど、全裸に手ぶらでエベレスト山頂を目指すようなものだ。正直、主席での卒業どころか普通に卒業すら夢物語だろう…。
――何か対策を打たないとな……
「とは言ってもなぁ…」
呟きながら、ただでさえ小さな体をさらに小さくしている習志野の方へと目を向ける。
対処法としては大きく分けて2つ考えられる。
一つ目は学力以外での高ポイントを狙うこと。
学生生活の全てがポイントの対象となっている以上、これができれば問題ない。それどころか、この高校生活でかなり優位に立てる。
部活や生徒会活動等で活躍することができればかなりのポイントを荒稼ぎできるはずだ。
しかし……
「ちなみに、お前中学で部活とか生徒会とかはやってたのか?」
「はい、料理部に所属していました!!」
「…成績は?」
「と、得意料理は和食です…。」
「……得意料理は聞いてないんだが…」
…論外だ。まさか大会にすら出場していないとは…。っていうか得意料理の幅広いな!!今度何か和食を作ってもらうか。
俺も運動神経は良い方だが、部活で全国クラスの奴までいるこの学校では無力に等しい。ましてや生徒会なんぞに入れる程人望も厚くない。とりあえず、勉強以外の正攻法でポイントを稼ぐのは難しそうだな…
そうなると…
「残る方法はこれしかないな…」
「な、なんですか!?まだ私にも可能性は残されているんですね!!」
俺の呟きに、習志野はこれでもかと言う程目を輝かせて食いついている。
だが、俺はその方法を習志野に言うべきか逡巡する。
確かに方法はある。そもそも俺は最初から主席で卒業するためにはこれしか方法はないと思っていた。
しかし…
「――他人からポイントを稼ぐ。」
「……ど、どういうことですか…?」
「より正確に言うと、他のペアを利用してポイントを奪ったり、蹴落としたりする。」
迷った挙句、俺はその唯一残された手段を習志野に告げる。
聞いた習志野は一瞬驚いた表情を見せ、すぐに暗い顔で俯き黙り込んでしまった。
自分達が稼ぐポイントだけでは限界がある。それでも上位に喰らいつこうと思ったら方法は一つしかない。――他人を蹴落とすことである。
自分達より上位の奴らからポイントを奪い取り順位を上げ、自分達より下位の奴らからポイントを絞りとり生贄になってもらう。
あまり良い方法とは呼べないかもしれないが、周りからの目など気にしていて生き残れる程この学校は甘くない。
それに、退学という恐怖が迫ってくれば他の連中も自然とこの方法に辿りつくはずだし、そもそも校則で禁止されていない以上、学校側も、駆け引きの一部として黙認しているということだ。
だが…
「安心しろ。これは俺一人でやるつもりだ。」
習志野栞という少女は良くも悪くも正直者で優しく、嘘が下手だ。
正直言って、こいつに「騙し合い」とか「他人を蹴落とす」とか「他人を利用する」ということができるとは思えない。――まぁ、俺はこいつのそういうところが気に入ったわけだが…。
どちらにしても俺一人で実行するつもりだったため、習志野に変な罪悪感を感じさせないように黙っておくべきか迷ったが、どうせいずれバレることだ。最初に言っておいた方が何かと都合がいいだろう、という結論である。
「とりあえずお前は勉強するなり、部活に入るなり自分のポイントを溜めることだけ考えとけ。」
俺はそれだけ言い残してその場を立ち去ろうと踵を返す。
「――ます。」
「ん?なんだ?」
「私もたっくんと一緒に他の人からポイントを奪います!!」
「……はぁ!?」
ずっと黙って俯いていた習志野が顔を上げ、まっすぐ真剣な目でこちらを見つめて宣言する。
「いやいや!別にお前が手伝わなくても――」
「変に気を遣うのは止めてください!」
習志野が俺の言葉を遮り怒鳴り気味に言う。
「私が嘘を突いたり、他人を蹴落としたりすることが苦手だというのは自分が一番分かってます。私だって、できればそんなことしたくないです。――でも、それでも、私はたっくんの役に立ちたいんです!たっくんと一緒に協力して卒業したいんです!!――だって、私はたっくんが何よりも好きだから!!」
習志野は目に涙を溜めて、必死に訴える。
正直こいつの気持ちは嬉しい。
だけど…
「じゃあ聞くが、お前は自分の手で他人を退学に追い込み、そいつの夢を奪う覚悟はあんのか?」
俺はわざと厳しい口調で問う。
習志野の気持ちは素直にうれしい。だが、こいつのような善人が他人を蹴落としたり、ましてや他人の夢を自らの手で奪うことなどできるとは思えない。中途半端に足を踏み込んで怪我する前にやめといた方がいい。――他人を 蹴落とせる奴は他人が不幸になろうが気にしないクズか、それ相応の覚悟を持った奴だけだ、と俺は思う。
「あります!」
俺の問いに迷うことなく即答する習志野。
「……本気で言ってんのか?」
「私だって、他の人の夢を邪魔したくないし、できればみんな揃って卒業したいです。でも、たっくんだけに汚れ役を押しつけるなんてもっとできません!!」
部屋中に習志野の声がこだまする。
「たっくんにだけ背負わせるわけにはいきません。――私はたっくんと並んで歩いていたいんです。」
そして、にっこりと笑顔を向ける。
――この言葉に応えてやりたい。不覚にもそう思ってしまった。
「分かった。それじゃあ、お前もいろいろと手伝ってくれ。まぁ、そんなに期待はしてないけどな。」
「もう!たっくんは相変わらず素直じゃないんですから~!」
そう言って二人で笑い合う。
そして、同時に決意した。――共に卒業するために、共に手を汚す覚悟を……。
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