第2話 楽して生きるための進路選択1

「氷室、お前進路決めたのか?」


 放課後、俺のすぐ前の席に座る男・日吉真司が話しかけてきた。


「いや、決めてない」

「マジかよ!噂によると進路希望出してないのお前だけらしいぞ?」


 日吉は実に楽しそうに食いついてくる。

 日吉真司――誰に対しても明るく接する裏表のない性格で、男女問わず慕われている…まぁ、いわゆるクラスの人気者という奴だ。

 あ、ちなみに言っておくと、彼は決して俺の友達ではない。ただ席が前後になっているというだけだ。


「そういうお前は決まったのかよ、進路?」


 敢えて冷めた態度で逆質問してみると、その瞬間、日吉の顔がもう1ランク明るくなった。


「聞きたいか?聞きたいよな!?実は俺、長谷川高校からスポーツ推薦の話しもらったんだよ!」

「ふーん。そりゃよかったな」


 正直凄まじい程興味はない。自分の母ちゃんの好きなジャニタレくらい興味がない。そんな俺はいつも通りヤル気のない適当な受け答えを返した。


「なんだよ、つれねぇなぁ…。親友がハセ高からスポーツ推薦だぜ?もっとテンション上げろよ!」


 もっとちやほやして欲しかったのだろう。少しムッとなる日吉。いや、俺にそれを期待したのがそもそも間違いだろ。人選ミスも甚だしい。


「他人の幸福が嬉しいわけねぇだろ?知ってるか?人間は他人の幸福よりも他人の不幸の方が好きなんだ」

「うわぁ…お前相変わらず性格悪いな。そんなだからモテねぇんだよ」


 正直自分が女子からモテていないのは十分自覚している。そして、これは残念ながら謙遜とか鈍感とかではなくただの事実…。原因はどうやら俺の性格らしい。


「お前、頭も良いし、運動もそこそこできるし、顔もどっちかと言うとイケメンじゃん?その性格さえなんとかなれば絶対ぇモテんのに…ちょっと性格変えてみれば?」


 俺が頭も良くて運動神経抜群というのは知っている。問題はその後。

一体こいつは何を言っているのだろうか。


「いやいや、性格変えてまで誰かと付き合うとか拷問だろ。そんな面倒くせぇことやるわけねぇだろ」

「はぁ?それくらいみんなやってるって!お前『恋は駆け引き』って言葉知らねぇのか?みんな必要に応じて多少なりとも性格変えてんだよ。――まぁ、お前の場合それ以前の問題だろうけどな」

「おいおい。恋に駆け引きなんて使ってたら結婚した後どうすんだよ。学校や会社の人間関係とか、仕事上の会話とか…そうでなくても世の中駆け引きに満ちてるっていうのに、恋愛まで駆け引きとか…過労死するわ!!」


『恋は駆け引き』と言うが、ハッキリ言って世間一般がやっているのは『人生は駆け引き』だろ。他人の顔色をうかがい、やりたくないことを作り笑いを浮かべながらこなし、大して仲良くもない奴らと一緒にいる…想像するだけで吐き気がする生き方だ。

 日常生活でもそんなことできないのに恋愛でできるわけがないだろ!っていうか、そこまでして彼女を作ろうとは思わん!!


「相変わらずひねくれねんなぁ…」

「それに俺は自分の性格そこまで嫌いじゃないし。この性格含めて「氷室辰巳(ひむろたつみ)」だからな。」

「…こいつ改善の余地ねぇ」


 俺の答えを聞いてはぁっと溜息交じりに呟く日吉だが、俺からすればコイツの方が理解に苦しむ。

 無理して性格を変えてもストレスは溜まるは、疲れるは、楽しくないはで良いことなんて一つもないだろ。それなら多少友達は少なくとも、たとえ彼女がいなくとも今のままの方がよっぽどマシだ。

 まぁ、俺と雑談する奴なんて勝手に話しかけてくる目の前のこいつくらいしかいないんだが…。


「っていうか、お前そんな調子で将来どうすんだよ?お前、その性格に加えて面倒臭がりだし、普通の仕事とか絶対ぇ無理そうじゃん?」


 おっしゃる通り。

 何を隠そう、この性格依然に俺は人の倍、いや人の10倍くらい面倒くさがりなのだ。

 そもそも進路希望を提出していないのだって面倒くさいからだし。この前担任に呼び出された時には「どうせどこ行っても同じだし、先生が適当に志望校決めておいてください。」と言って2時間説教を喰らった程である。


「あぁ、誰か俺の一生分の生活費援助してくれる人いねぇかなぁ…」


 俺は心の底から願った。

 別に遊んでくらしたい等と大それたことを言うつもりはない。

 質素な生活でもいい。最悪適当なバイト程度なら多少は働いてやってもいい。とにかく就職とか絶対嫌だ。社畜とか絶対無理!

 …恐らく俺の気持ちを理解してくれるのは全国各地にいるニート達だけだろうな。――願わくば俺もニートになりたい!

と、俺が心の中でニートへの憧れを抱く中、


「お前の怠惰さも筋金入りだな…。お前の生活費援助してくれるなんて、そんな都合のいい奴……いや、もしかしたらあそこなら!!」


途中まで呆れていた日吉はハッとして固まった。


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