空白
なにも書かれていない本を読んでいる。
白い。
ただ白い。
文字もなく、絵も描かれていない。タブレットでページを出せば、全部で99と表示されるが、最初から最後までこの本は白いページしか表現することはない。
指を滑らせて次のページへめくる。
スライドするエフェクト。
出力される白ではない過程の表現。
そしてまたなにもないページが画面に映し出される。
フルカラーだ。
電源を落とせば真っ黒になる画面に白という色が出力されている。
私はなぜこの本を好んで読むのだろうか。もう何度目になるかは覚えていない。ただ繰り返し読んで来たことだけを覚えている。
なにか人生の節目に、読んできたというわけでもない。真っ当な人間として、善良に働き、家族と向き合い、子を育て、生きてきた。
そんな人生の合間に、ふいに読みたい気持ちが生まれて、購入済の本のリストからダウンロードして読み始める。
ダウンロードにはわずかな時間がかかる。
他の多くの本と比較すれば一瞬と言ってもいいものだが、ゼロではない。仕組みを考えれば当然のことではある。しかし、なにも書かれていない本に容量があるという事実はおもしろいことであるようにも思う。
そうして、幾度となく読んできた本をまた読み始めるのだ。
はじめて読んだときはいくらかのかの期待を持っていた。めくるたびに白いページのでてくる本。もしかしたらどこかで白くないページが現れるのではないかと下卑た感情を抱えていた。
しかし、本はただ白いままで終わった。
最初から最後まで本当にただ白いままで終わった。
バグではないのだろうということは配信サイトのタイトルや説明から判断できる。
タイトルは『白い本』、説明文は一言『空白』とだけあった。
きっと作者はタイトルも説明文も消したかったに違いないと勝手ながらに思う。さすがにそれは販売するという行為とプラットフォームの影響からできなかったのだろう。
作者の名前で検索してもめぼしい情報はなにもでてこなかった。
ただ白い本があるという謎に惹かれたいくらかの人間たちが、情報を集めようと発信した白くはない情報だけがいくらか出てくるだけだった。
きっと最初はそれすらもないゼロだったのだろうけれど。
私は白いページをスライドさせる。
そうしてまた白いページがあらわれる。
私は白いページをゆっくりと読む。
そうして私の中の空白が、空白へのリアクションで埋められていく。
なにを考えるかは、読むたびに変わる。
なにを考えたかは、もう覚えていない。
空
白
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