向いてはいないとわかっているのだけど
どちらかと言えば静かな方だ。
友人もいない。
彼氏もいない。
明るくはしゃぐようなことは苦手にしている。
笑顔を作ることはむずかしい。
鏡を見ながら練習したこともあるが、眼鏡の奥の目はどうにも歪に歪むだけだった。
それでいて、私は保育士という仕事を選んだ。
子供が好きか? と問われれば、嫌いではない、と答える。
運動が得意か? と問われれば、苦手です、と答える。
ピアノは子供の頃から嗜んできたので、難曲だってそれなりに弾きこなしてみせる。ただ、保育園では、そんな難しい曲を弾く必要はないけれど。
こんな私がなぜ保育士を志し、それなりに過酷な現場で、もう三年も働き続けているのか、答えは私にもわからない。
高校生の頃、保育士になりたいと親に言ったとき、おまえは同世代の人間から相手にされないから子供相手の仕事を選ぶのかと言われた。
言われてみて、怒りのような感情は持たなかった。
そうなのだろうか? と内心を振り返った。もしかしたらそうなのかもしれないと思った。きっかけは、覚えている。それは本当に些細な事で、高校からの帰り道で、進路に関するプリントの締め切りが近いときに、散歩している園児と先生たちの列と遭遇したからだった。
明るくはしゃぐ子供たちの声を聞いて、そんな子供たちに笑顔を振りまきつつしっかりと守る先生たちを見て、特に将来の夢というものを持っていなかった私はこれでいいかと保育士を選んだ。スカートをはかなくてよさそうだったし。
三年も働けば少しは表面的な演技もできるようになった。
元気な子供たちの相手をするのは大変で、とても疲れるが、とりあえずはなんとかなっている。
子供というのは不思議な生き物だ。理屈がまったく通じない。大人だって感情的になって理屈から外れてしまうことはあるけれど、それはまだなんとなくレールから外れ方がわかるようなものだと思う。
子供は違う。
もちろん怒ってケンカするようなことも日常茶飯事だけど、そうではなく楽しんでいるようなときでさえ、いきなり方向転換して別のことをはじめたりする。
飽きたのかな、とは思う。
でも、さっきまであんなに笑顔だったじゃないかとも思う。
いまも、遊んでほしいと言われたので付き合っていたら、すぐ見放されて、立ちん坊である。いままで遊んでいた子は別のグループを見つけて、戦隊ごっこに興じ始めた。
やることがなくなってしまった。夕方まではまだ少し時間がある。そろそろ、はやいうちからお迎えが来るかもしれないけれど、それまでは園児たちを見守りつつ一緒に遊ぶのが若い私の仕事だ。
園庭を見回す。
シートを広げて、ままごとをしている少女を見つけた。近くに少年も立っていた。人が少ないようなら配役が与えられるかもしれない。私はできるだけ笑顔を意識して、けれどあまり変わらないような気がしたまま、少女に近づいた。
気付いたら声をかけようと思ったけど、少女は抱える人形に夢中でこちらには気付かないようだった。とてもたのしそうに赤ん坊がわりの人形をあやしている。
なんでこんなにたのしそうなんだろう。
子供たちはみんなたのしそうに遊んでいる。
仲間はずれになったり、ケンカしたりで不機嫌になることはあるけれど、それでもいつのまにか笑って遊んでいたりする。
少女が、私に気付いた。
私は、つい疑問を口にしてしまった。
「おままごとってなにがおもしろいの?」
私の言葉に、彼女はきょとんとした表情をみせる。当然だ。なにを言ってしまったのだろう。それでも言葉が返ってきた。
「せんせいはおもしろくないの?」
「うん……?」
言われてみて考える。保育士になって、子供たちに付き合ってままごとをすることはよくある。それは楽しんでいるものだろうか。そうではないように思う。仕事として楽しんでいる風にしている。
では、この子たちと同じぐらい子供のころはどうだったろう。記憶を辿る。していなかったということはない。楽しく遊んでいた気がする。楽しく遊んでいた記憶は朧気にある。だけど、なにが楽しかったのかは覚えていない。
「小さいころはたのしかったかも?」
私は素直に答えた。
少女が鼻から息をはいて人形の方を向いた。
「ああ、赤ちゃん泣かないで」
人形の赤ちゃんをあやすように揺する。
どうやら私は、このままごとの一員としては求められていないようだ。なにがたのしいのかなんて聞いてしまったのだから仕方ない。
「ごめんね、美奈ちゃん。邪魔しちゃった」
頭をさげて、謝って、少女から離れる。
また、園庭を見回した。
楽しそうに駆け巡る子供たちでいっぱいだった。
本当に、どうしてこんなにたのしそうなんだろう?
私は、それを知りたいと思う。
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