おままごとと

「おままごとってなにがおもしろいの?」

 メガネのカナ先生がお母さん役のあたしに言った。

 先生はおままごとをしていなかったのでお姉さんでもおばあさんでも赤ちゃんでもなくて保育園の先生だ。

「せんせいはおもしろくないの?」

「うん……?」

 カナ先生は真剣な表情で頭をひねる。

「小さいころはたのしかったかも?」

 へんなの。こんなにおもしろいのに。

「ああ、赤ちゃん泣かないで」

 あたしは抱えているお人形をやさしくゆさぶった。

「ごめんね、美奈ちゃん。邪魔しちゃった」

 カナ先生があやまってからどこかに行った。

「はーい、いい子、いい子。パパが帰ってくるまでにごはんつくるから待っててね」

 人形をタオルのベッドに上においた。

「ただいまー」

 ずっとシートの外で待っていたパパ役のタカキ君が出番になって入ってきた。

「あら、パパ、おかえりなさい。まだごはんの準備できてないからちょっと待っててね。先にお風呂にする?」

「えっと……」

「どっち?」

「ごめん。ぼくのうちは先に手を洗わないと」

「でぃてーるというやつね」

「わからないけど。手を洗ってくるね」

 タカキ君が手を洗う動きをした。それから部屋の位置で手を前に動かした。

「サッカーみる」

「だめよ。ドラマみてるから」

「えー」

 そんなことをしていると近くにシンジお兄ちゃんが立っていた。今年、高校生になった大きなお兄ちゃんだ。他の子のお兄さんやお姉さんはまだ保育園や小学生なのに、なんでうちはこんなに無駄に大きく育ってしまったのだろうといつも思う。

「迎えに来た」

「お母さんは?」

「これないから俺が来てるんだろ。部活休んでさ」

 あたしは立ち上がって、お人形を抱え上げた。

「お人形しまってくる」

「はやくな」

「これは、僕が片付けるの?」タカキ君が言った。「おままごとしたいって言ったの美奈ちゃんなのに」

「ごめんね」

 あたしは人形をしまうためにロッカーの方に走り出した。


 家についたら、お母さんはとても急いでいる様子だった。

「ごはん、作ってあるからあとで温めて食べて」

「わかった」シンジお兄ちゃんが言う。

「じゃあ、行ってくるから。なにかあったら電話するからね。もしかしたら来てもらうことになるかもしれないから。お金もってる?」

 シンジお兄ちゃんがうなずく。

 お母さんはそうしてすぐどこかにでかけてしまった。

「お母さんどうしたの?」

「おばあちゃんが、危ないんだってさ」

 シンジお兄ちゃんが台所の椅子に座ってテーブルに肘をついた。

「あぶないって?」

「死んじゃうかもってこと」

「死んじゃう?」

「いなくなるってことだよ」

 なんでいなくなるの?

 聞きたかったけど、シンジお兄ちゃんが怒っているみたいで言えなかった。

 おばあちゃんは少し前に病院というところに入った。会いにいったらずっとベッドの上で、お薬の匂いがいっぱいで、おばあちゃんの匂いじゃなかった。

 おばあちゃんは「すぐに元気になるからね」と笑っていた。

 でも元気になれなかったのだろうか。

「死ぬときに満足して死ねる奴って何割ぐらいなんだろうな?」シンジお兄ちゃんが言った。

「なに言ってるかわからないよ!」

 あたしは部屋に駆け込んだ。

 ベッド上で泣いていた。

 時間が立ったのかわからない。

 眠っていたかもしれない。

 遠くでシンジお兄ちゃんに呼ばれた気がして、気付くと肩を揺さぶられていた。

「ほら、おばあちゃんになんか言って」

 シンジお兄ちゃんが携帯電話をわたしてくれた。画面には眠っているように目を瞑っているおばあちゃんがうつっていた。口に変な機械を付けている。

「聞えるの?」あたしはシンジお兄ちゃんの方を見て言った。

「いいから言えよ」

「おばあちゃん、あたし、ミナだよ」






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