魔王、天狼の少女と戯れる

眼前にて跪く天狼の少女に声をかける。


「面を上げてくれ、マルコの娘の顔を見たい」

「はっ」


勝気なその瞳がマルコシアスを思い出させる。

いかんな、懐かしくて泣きそうになる。あいつは魔王城の戦いの際に勇者一行の神官を潰しに突貫して、その前に立ちはだかった戦士と神官を道連れに逝ってしまったな……


「要件は察しているが、それは許可しない」


それを聞いたヴェレダが俺を睨みつけてくる。

ああ、その目つきも懐かしいな、おい。


「何故ですか!兄が討たれたんですよッ!!あたしが敵を取らないでどうするんです!今すぐ、地下30階層の奪還を命じてください、必ず期待に応えて見せます!!」


「勿論、敵は取らせてやる。だが、少し待て」

「待つことに何の意味があるのでしょうか?」


鋭く挑む様な目で此方を見詰めてくる。


「ヴェレダの配下は人狼族と眷属のコボルトだろう、お前達にぴったりのものがある。それを調達するまでは防御に徹してくれないか?」


「…………ご随意に(腑抜けがッ!)」


一度、頭を下げた後、彼女は踵を返して部屋を出る。

その背には怒りが隠し切れず、閉まる扉の音はバンッと大きく響いた。


「スカレ、あれが無茶をしない様に注意してくれ。マルコならきっと無断で出撃するはずだろうからな」


「分かりました、彼女の正式な人狼族族長の就任を遅らせて、その間はおじ様が預かる様に手配いたしましょう」


暫し、昔を思い出す。

いや、アレはそれでは止まらんな。


初めて会った頃のマルコシアスはとにかく独断専行が多かった、戒めても聞きやしない。で、最後は殴り合いになった。天狼や人狼は力を重視する戦士の部族だから、それが一番手っ取り早いという事だ。


「いや、ヴェレダと一戦交えるか……」

「おじ様とマルコシアス様の話は父様から聞いた事がありますわ。場を用意しましょう」


「あと、俺の事は一郎と呼んでくれ。おじ様はむず痒い」

「はい、ではイチロー様、失礼しますね」


……………

………


暫しの後、最下層より一つ上の階にある兵士達の訓練場の一角でヴェレダと向かい合う事になった。


「……いいんですか?寝起きだからと言い訳は立ちませんよ?」


ヴェレダは両手にかぎ爪付きの手甲を装備している。見覚えがあるな、あれはメイアにマルコシアスがプロポーズの際に送った“獄炎”だ、あいつは馬鹿だからな……よく彼女もOKしたものだな。


「構わない、受けて立とう」


「ガゥッ!」


姿勢を低くして弾丸の様にヴェレダが突進してくる。

その振るわれるかぎ爪の間から真っ赤な炎が奔った。


その彼女の右拳を俺は左のショートアッパーで打ち上げる。

少し、肌が焼けてしまったが問題は無い。


「シャッ!」


彼女は体を捻り、左拳を突き出して此方の脇腹を狙ってくるが、それを半身で躱して、カウンターに膝蹴りを入れた。


「きゃんッ!」


可愛らしい悲鳴を上げて、彼女は転がっていく。


それでも立ち上がり、素早く飛び回って此方を狙ってくるヴェレダに腕を突き出す。

そこには黒い魔力光が集まっていく。


「はッ、魔弾なんて当たらなければどうってことないよッ!」

「だろうな」


俺は彼女に向かって魔弾を放つ、それを彼女がサイドステップで躱すが、その真横で魔弾が弾けた。そう、散弾だ。素早い獣を仕留める際には散弾が適している。そもそも黒色火薬はあるが、銃がないこの世界では彼女の知る由もないものだ。


「かはッ!?」


ヴェレダの脇腹に複数の小さな魔弾か突き刺さり、その動きを止める。そこに追撃の拳を撃ち込む。


「ひゃッ!」


彼女は思わず目を瞑るが、いつまでたっても衝撃や痛みはこない。

当然だ、途中で拳を開き、頭の上に手を乗せて撫ぜているからなッ!


「“お初にお目にかかる”じゃないぞ!大きくなったな、三歳児!」


そのまま、脇腹に手を当てて、回復の魔法で先ほどの負傷を癒す。


「む~、う~ッ」


自身の今の状況を察したヴェレダは不服そうに唸るのだった。




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