第10話 北斗になる前
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そこは、白い部屋だった。
彼が「星野北斗」という名前をもらう以前は、ずっとここに住んでいた。
記憶が形成されるよりも、遥か昔から。
壁は妙に柔らかく、さながら死刑囚が自殺を防ぐ為に収監される監獄のようでもあった。
少し前までは他の『彼ら』とも一緒にいた。
透明な壁で仕切られていて、一緒に遊ぶことは出来なかったが。
だが最近は何故か広くて何もない部屋に移されてしまった。ここには壁と同じように柔らかいボールなどの玩具があるが、一人で遊ぶのにはもう飽き飽きしている。
その時、壁に設けられた四角い覗き穴から、誰かの顔が見えた。
女性の顔だ。
もっとも彼は「女性」という言葉を知らないので、柔らかそうな顔だなと感じただけだった。その髪はブルネットで、目の色はグレー。アジア人ではないが、純粋な西洋人にも見えぬ顔だと、彼に知識があれば思ったことだろう。
白衣を着た彼女が、隣りにいる同僚の男と話している姿を、「北斗」になる前の彼は観察していた。その同僚の口の動きを見て、声を真似ようと頑張ってみる。
「うじーぃぎぃぃ……えりぇーにゃあ……」
やはり、上手くいえない。覗き穴は透明なパネルで遮られていて、向こう側の音が聞こえる訳ではないが、彼は直感的にそう思った。
「ふじーき、えれーにゃ」
今度は、上手く真似できたように感じる。ごつい顔の方が口にしてた言葉だ。
「ぬぉおおぉーわぁん?」
次は、柔らかそうな顔の口を真似る。ちょっと違う感じがする。
「のぉーーわん」
うん、これが近い。
北斗になる前の彼は、そう思った。
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