肆
「お兄さん、こんなところでお昼寝? 邪魔だよ」
目を開けると、自分は公園にいた。そこで遊んでいる女の子に起こされた。
「…お嬢ちゃん、ここはどこかな?」
「そんなの
鈴蘭は立ち上がると、公園内を歩き回った。だが自分の記憶には、こんな公園は存在しない。そもそも村杉山という名前すら、初耳だ。
公園から出た。そして町の中を探索した。通り過ぎる人が話す言葉、看板に書かれている文字などは理解できた。それによると自分は日本という国の北海道という県の函館という市にいるらしい。だがそれらの全て、聞いたことはない。
「ここはどこなんだ?」
確か桜井が、並行世界が何とかって言ってはいた。ヒントとなり得そうなことはそれぐらいだ。
全く見たこともない町中を1人で歩いた。何時間も飲まず食わずでさまよった。気がつくと最初にいた村杉山公園にも、戻れそうにないくらい移動したし、時間も経っている。疲労の限界で、鈴蘭は倒れた。
また気がつくと、今度は建物の中にいた。自分の腕に点滴の管が伸びている。どうやら病院のようだ。
「あ、
看護婦の一人がそう言った。医者が一人、慌てて病室に入って来た。
「えーと、君。名前は? 所持品から個人情報は何も出てこなかったのでね…」
鈴蘭は名乗った。自分の話す言葉は大丈夫。通じた。
「どこの学校に通っているのかな?」
学校? 自分は会社員だ。そう言うと鏡を持ってこられた。それに映った自分の姿は中学生ぐらいだった。
「学生じゃないです。俺は、会社員で、電力会社で働いていて…」
何度もそう言ったが、信じてくれることはなかった。
病院には3週間入院していた。体に悪いところは何処にもなかったが、どこの孤児院に入れるか、決まるのが遅くなったからだ。送られたところは、神代孤児院函館支部という施設。
この施設に来ても、自分の話を理解してくれる人は誰もいなかった。
でも1つ、わかったことがある。
それは、自分はこの世界の住人ではないことだ。
施設の図書館の考古学の本を読んでいた時に気がついた。
「このパンゲアって大陸…。大昔に存在していたのか、こっちでは」
パンゲア大陸の形を見ると、自分が元々いた世界の大陸と似ているように感じた。いいや、全く同じだ。
他にも孤児院で学んでいたことで色々気がついた。こっちの世界は様々な発電方法が混在しているようだ。かつての自分の世界では、発電方法は石油の燃焼による火力発電に完全依存していた。
国という概念の獲得が一番難しかった。前の世界では大陸は1つしかなく、中央政府が隅々まで支配していたため、あまり気にせず生活していたからだ。
ある程度の土地勘を身に付けると、村杉山公園に1人で行けた。
「俺は、ここで…生まれたわけじゃないけど…」
こっちの世界での、自分の始まりの場所。段々と孤児院での生活にも慣れていき、普通に暮らしていけそうと思う時、よくここに来た。この公園にいる時だけ、自分は本当はこの世界の人じゃないってことを思い出せる。
「…ん?」
公園を散歩していて、とある物を発見した。携帯だった。
「これは…松坂の携帯!」
間違いなかった。適当にボタンを押すと、バッテリーがまだ生きていたのか、彼の家族写真が表示された。
あの時…桜井と刺し違えた時に、自分よりも先に並行世界に飛ばされたはず。それが自分と同じ世界にあるってことは。
「あのコンパスの針で刺したものは、こっちの世界に送られてくる」
ならば探せるはずだ。
急いで孤児院に戻り、先生たちの許可を取ってパソコンを借り、インターネットで横山ヒカリと検索してみた。検索結果は膨大だったので、条件を色々と絞ってみた。それでも数多くのサイトが出てきた。もうここからは根性と直感だけが頼りだった。
「いた!」
自分がこの世界にやって来たのとほぼ同じタイミングで、更新が開始されたブログがあった。そのブログにメッセージを送った。
「パンゲア」
もし自分と同じようにこの世界に受け入れられ、生活しているのなら、その一言で気がついてくれるはず。
次の日にブログを確認すると、更新はされていなかったが、自分宛てにメッセージが届いていた。
「もしかして忠義なの? もしそうなら、この北海道にいるの?」
さらにメッセージを送り返す。
1週間後、孤児院にある人物がやって来た。その人物は鈴蘭と同じ年ぐらいの女の子だ。
普段この孤児院に来客はほとんどないらしく、先生や子供たちはかなり驚いていた。鈴蘭は驚いてはいなかったが、緊張はしていた。
「ヒカリだね。良かった、こっちの世界で再会できるなんて」
「忠義…。あなたを忘れたことは1度もないよ」
鈴蘭と横山は涙を流して抱き合い、再会を喜びあった。
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