まずこの話に出てくる主人公を、鈴蘭すずらんと呼ぶ。性別については伝わってないが、男ではないかと言われている。

 鈴蘭は普通の会社員だったらしい。彼は毎日毎日、電力会社で働いてきた。結婚こそしてないものの、将来を考える恋人もいた。お互いに思いやれる仲だったらしい。

 鈴蘭には同期の仕事仲間がいた。ここでは松坂まつざか桜井さくらいと言おう。松坂とは上手くやっていけていたが、桜井には手を焼いていた。

 というもの桜井は、宇宙人とか異世界とかを真面目に信じる類の人だった。いつもその話をしていた。鈴蘭も松坂も最初こそ耳を傾けたが、同じことしか言わないくせに否定意見を一切聞き入れようとしない桜井にうんざりしていたらしい。

 でも鈴蘭の同期は松坂を除くと、桜井だけ。だから無駄に軽蔑したり罵声を浴びせたりはせず、一応問題を起こすことなくやっていったようだ。


 会社の休憩室で飲み会を3人でした時、酔いが回った松坂は、桜井に対して言ってしまう。

「お前の話は嘘偽りで固めた、ただの出鱈目だ! いつも俺や鈴蘭が信じてやってるようにしてるだけだ。いい加減、そんなの卒業しろよ!」

 鈴蘭もこの時酔っていた。だが桜井の顔が、わずか一瞬だけ曇ったのは見逃さなかった。その一瞬が過ぎると、桜井は笑顔でビールジョッキを握る。

 飲み会はその後2時間ほど続いたが、鈴蘭は酒を飲める気分じゃなかったらしく、大人しくお茶だけ飲んでいた。松坂と桜井は完全に酔っぱらっており、会社に泊まると言った。鈴蘭も彼らの面倒を見ようとはしたが、同棲中の恋人である横山よこやまに遅くなっても帰ると約束していたので、1人で帰ることになった。二人を休憩室のソファに寝かせ、背広を布団代わりにかけた。

 会社を出た直後に、松坂と桜井を一緒にしたままでいいのか、と考えた。だが桜井は怒ってはいなかったし、そもそもお酒の席なら本音が多少こぼれても仕方ない。適当にタクシーを拾って家に帰った。


「あなた。カバンに何か引っかかってるわよ」

 横山に指摘されてカバンに目をやると、チラシが1枚挟まっている。

「どれどれ…。会社で婦人会? 聞いてなかったが…」

 チラシはその告知だった。

「そりゃあ男のあなたは聞かんでしょうに。私が行くものだわ」

 それはそうなのだが…。鈴蘭はチラシをもう一度確認すると、予定が書いてあった。明日の昼12時から社員食堂で開催されるとのこと。

「おかしいな、部長も係長も、誰も婦人会のことは言ってなかったぞ?」

「お忍びなのかもよ?」

 疑り深くなる鈴蘭。だが横山は行く気満々だ。

 その時だ。鈴蘭の携帯電話が鳴った。相手は松坂。

「どうしたんだ?」

 まさか…。と思った。酔いがさめた二人がさっきのことで言い争いとなり、取っ組み合いの喧嘩になった。それで松坂が桜井に怪我を負わせたとか…?

 冷や汗が出る。2人きりで会社に置いてきたのは自分だ…。

 すぐに電話に出る。

「ツー、ツー」

 電話に出た直後、切れた。

 今度はこちらからかけ直す。しかし何度かけても、松坂は出ない。ならば桜井にも電話をした。こちらも何の応答もない。反応がないことが、余計に鈴蘭を焦らせる。

「2人であなたをからかってるんじゃない?」

 横山が言う。最悪のケースばかり考えていた鈴蘭は、横山の言葉を聞いて気が緩んだのか、それで納得してしまう。

 結局その日は、すぐに寝てしまった。

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