肆
ドンっと大きな音がしたのは、数分後だった。霊安室のドアに誰かが体当たりしていると思った。
「…来た!」
ケイは私を撫でるのをやめた。
「な、何が?」
「アイツ…。屍亡者が!」
「シカバネモウジャ? 何なのソレ?」
ケイは手で私の口を塞いだ。もう一方の手でシーっとすると、隅っこから顔を出して様子を伺った。
私も覗いてみたが、しなければ良かったと後悔した。
ソレは…人の形をした何か…いや、人ですらなかった。頭は人間のものだったけど、体の方は何て表現したらいいのかわからない。下半身がタコの様な感じ。でも腕というか脚というか、8本以上はある。体のパーツを適当にくっつけたって言った方がいいかもしれない。よく見ると頭が四つある…。
「ケイちゃん…あれは何なの…?」
私はそれしか言えないぐらい、震えていた。
「静ちゃん…あれが屍亡者。アイツは今日、この病院に体を奪いにやって来た」
この時のケイの発言は、今でも覚えてる。
アレが
屍亡者は全国各地の病院に移動する。常に体のパーツを求めているから。でも接着が弱いのか、移動するたびにいくつも落としてしまうらしい。
目的地に着くと、死人が出るまで待つ。そして誰かが死ぬと、その人の遺体が運び出される前に体の一部を奪いにやって来る。奪う所は毎回異なるため、今夜はどこが狙いなのかは、実際に屍亡者が遺体に接触するまでわからない。
「じ、じゃあ、今日もどこかを奪いに?」
「違うわ。アイツは一部の人にしか知られていないけど、その人たちも知らないことがある」
ケイはそれについて、話してくれた。
屍亡者はただ単に体のパーツを奪うだけじゃない。狙った相手が子供なら、体と共に命を奪うこともできる。
「アイツの今回の狙いは、間違いなく静ちゃんのこと」
「う、嘘…?」
「だって今の大神病院には、静ちゃんしか子供はいない。今日は誰も死んでないから」
私はケイの話についていけなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。
現状を1度整理することにした。
「アレは、幽霊なの? それとも妖怪?」
「屍亡者としか言えない。でも、この世の物ではないことは確か」
ここで疑問が湧いた。
「じゃあ何で、ケイちゃんは知ってるの?」
「それは…私もこの世の者じゃないから…」
「えぇ?」
その言葉が信じられなかった。でもケイは、
「黙っててごめんね。私は今から30年ぐらい前に、この病院で屍亡者に遭遇した。その時まだ私は生きていたけど、屍亡者にお腹を取られると同時に死んじゃったの」
そう言って、パジャマをめくる。ケイのお腹の部分は…何もなかった。
「きゃあ!」
私は隠れているのに、悲鳴を上げてしまった。
「ソ…コ…カ…」
屍亡者の声がした。アイツがこっちにやって来る。
「ケイちゃん、ど、どうしよう?」
私はもう助からないと思った。
「絶対にアイツを止める。静ちゃんには手を出させない!」
ケイは叫んで飛び出した。
「オ…マ…エ…ジ…ャ…ナ…イ…」
屍亡者はおぞましい声でそう言ったが、ケイの方を向いた。逃げるなら今しかない!
私は隅っこから出て、霊安室のドアノブに手をかけた。何度か回したが、ガチャガチャとしか鳴らない。
開かない!
私はドアを叩いた。するとガチャっと音がした。そしてドアが開いた。
「静ちゃん、早く逃げて!」
ケイが叫んだのが聞こえた。私は無我夢中で階段を上って逃げた。どこに逃げれば助かるの? そう思いながら病院中を駆け回った。
自分の病室に戻って、布団に包まる…。はっきり言って現実的ではないけれど、幼くてしかもパニックになっていた私はそうしようとした。
「はあ、はあ、はあ」
私は自分の病室がある階についた。そして廊下を走ろうとすると、反対側から屍亡者が現れた。
「きゃあああ!」
病室には戻れない。私は今度は院内教室に逃げた。
教室の鍵を閉め、いつも使っている机の下に隠れた。そこでジッとしていた。
どうか見つからないで…。そう思ったが、廊下からコツ、コツ、と誰かの足音が聞こえた。
過ぎ去って…。でも足音は、教室の前で止まった。
そして、ドアが開く音が聞こえた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます