ドンっと大きな音がしたのは、数分後だった。霊安室のドアに誰かが体当たりしていると思った。

「…来た!」

 ケイは私を撫でるのをやめた。

「な、何が?」

「アイツ…。屍亡者が!」

「シカバネモウジャ? 何なのソレ?」

 ケイは手で私の口を塞いだ。もう一方の手でシーっとすると、隅っこから顔を出して様子を伺った。

 私も覗いてみたが、しなければ良かったと後悔した。

 ソレは…人の形をした何か…いや、人ですらなかった。頭は人間のものだったけど、体の方は何て表現したらいいのかわからない。下半身がタコの様な感じ。でも腕というか脚というか、8本以上はある。体のパーツを適当にくっつけたって言った方がいいかもしれない。よく見ると頭が四つある…。

「ケイちゃん…あれは何なの…?」

 私はそれしか言えないぐらい、震えていた。

「静ちゃん…あれが屍亡者。アイツは今日、この病院に体を奪いにやって来た」

 この時のケイの発言は、今でも覚えてる。


 アレがしかばね亡者もうじゃ。何が屍亡者の元になったのかは、わかってはいない。戦時中に死んだ人の魂かもしれないし、もっと昔のものかもしれない。でも一つだけわかっているのは、それはこの土地由来の地縛霊ではないこと。

 屍亡者は全国各地の病院に移動する。常に体のパーツを求めているから。でも接着が弱いのか、移動するたびにいくつも落としてしまうらしい。

 目的地に着くと、死人が出るまで待つ。そして誰かが死ぬと、その人の遺体が運び出される前に体の一部を奪いにやって来る。奪う所は毎回異なるため、今夜はどこが狙いなのかは、実際に屍亡者が遺体に接触するまでわからない。


「じ、じゃあ、今日もどこかを奪いに?」

「違うわ。アイツは一部の人にしか知られていないけど、その人たちも知らないことがある」

 ケイはそれについて、話してくれた。


 屍亡者はただ単に体のパーツを奪うだけじゃない。狙った相手が子供なら、体と共に命を奪うこともできる。


「アイツの今回の狙いは、間違いなく静ちゃんのこと」

「う、嘘…?」

「だって今の大神病院には、静ちゃんしか子供はいない。今日は誰も死んでないから」

 私はケイの話についていけなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。

 現状を1度整理することにした。

「アレは、幽霊なの? それとも妖怪?」

「屍亡者としか言えない。でも、この世の物ではないことは確か」

 ここで疑問が湧いた。

「じゃあ何で、ケイちゃんは知ってるの?」

「それは…私もこの世の者じゃないから…」

「えぇ?」

 その言葉が信じられなかった。でもケイは、

「黙っててごめんね。私は今から30年ぐらい前に、この病院で屍亡者に遭遇した。その時まだ私は生きていたけど、屍亡者にお腹を取られると同時に死んじゃったの」

 そう言って、パジャマをめくる。ケイのお腹の部分は…何もなかった。

「きゃあ!」

 私は隠れているのに、悲鳴を上げてしまった。

「ソ…コ…カ…」

 屍亡者の声がした。アイツがこっちにやって来る。

「ケイちゃん、ど、どうしよう?」

 私はもう助からないと思った。

「絶対にアイツを止める。静ちゃんには手を出させない!」

 ケイは叫んで飛び出した。

「オ…マ…エ…ジ…ャ…ナ…イ…」

 屍亡者はおぞましい声でそう言ったが、ケイの方を向いた。逃げるなら今しかない!


 私は隅っこから出て、霊安室のドアノブに手をかけた。何度か回したが、ガチャガチャとしか鳴らない。

 開かない!

 私はドアを叩いた。するとガチャっと音がした。そしてドアが開いた。

「静ちゃん、早く逃げて!」

 ケイが叫んだのが聞こえた。私は無我夢中で階段を上って逃げた。どこに逃げれば助かるの? そう思いながら病院中を駆け回った。

 自分の病室に戻って、布団に包まる…。はっきり言って現実的ではないけれど、幼くてしかもパニックになっていた私はそうしようとした。

「はあ、はあ、はあ」

 私は自分の病室がある階についた。そして廊下を走ろうとすると、反対側から屍亡者が現れた。

「きゃあああ!」

 病室には戻れない。私は今度は院内教室に逃げた。


 教室の鍵を閉め、いつも使っている机の下に隠れた。そこでジッとしていた。

 どうか見つからないで…。そう思ったが、廊下からコツ、コツ、と誰かの足音が聞こえた。

 過ぎ去って…。でも足音は、教室の前で止まった。

 そして、ドアが開く音が聞こえた!

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