弐
私が入院していたのは小学1年生の時。詳しい病名は親に聞かされなかったから知らないけど、2か月は大神病院に入院していた。
「県内で一番大きい病院なんだぜ? 静の病気なんてすぐ治るさ!」
大輔は毎日お見舞いに来てくれた。
「でも、もし治らなかったら、どうしよう? 私、一生病院暮らしになるのかな?」
「そんな事は考えるなよ!」
毎日同じような会話だった。でも、話す相手がいることはとても大きかった。
大輔には習い事があったので、すぐに帰ってしまう。
「今日も来てるかな…?」
病院には、児童向けの本が置いてあるコーナーがある。院内教室のすぐ横だ。
「あ、ケイちゃん!」
ケイ。フルネームは知らない。本人がそう呼んでって、言っていた。私より二つ年上だった。
「静ちゃん、今日も絵本読みに?」
「そうだよ。だって病室にいても、することなくて退屈なんだもーん!」
ケイがどんな病気だったのかはわからない。名前しか教えてくれなかった。院内教室でケイを見かけたこともない。当時は私も、大きな病院だから違う教室にいるとか、正確には入院患者ではなかったとか考えていた。だから気にしてなかった。
でも、気になることは1つあった。
「今年のオリンピックはどこでやるのかなあ?」
「ケイちゃん、それは夏休みにアテネでやったよ。ヨーロッパのギリシャっていう国で。テレビ、見なかったの?」
「そ、そうだったよね。私の家、テレビの調子悪くて…。ダイヤル回しても反応しないときがあるんだよ」
テレビのダイヤル…?
ケイの話にはたまに、私が知らない単語が出てくる時がある。それに、世間話も話が合わないこともあった。
でも、1人で入院していた私にとってケイは、大輔以外に話すことができる唯一の同年代の人だった。
ケイはこの病院のことを何でも知っていた。
「静ちゃん、今度病院内を探検してみない?」
ある日突然そう言ったので驚いた。
「ええ、でも、先生や看護婦さんに、絶対に止められるよ? 入っちゃいけないところだってあるじゃん…」
「大丈夫。私ならバレないから!」
自信満々のケイ。私は返事に困った。入院してる身なのだから、できる限り安静にしているべきだ。でも、ケイの誘いを断っては悪い。
「…わかった。なら行こう」
私がベッドから出ようとすると、ケイが止めた。
「待って。行くのは消灯時間が過ぎてから!」
そんな時間に抜け出すの…? 私はそう思ったが、昼間から院内をうろつくのも他人の迷惑だ、と勝手に納得した。
「わかったわ。ところでたまに窓の外からスズムシの音が聞こえるんだけど、ケイちゃんは何か知らない?」
ケイは首を横に振った。どうやら私の空耳のようだ。
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