「良子さん、それじゃあただの廃墟探検記だよ…」

 怪談要素は一切なし。これで金を払うのは詐欺だ。氷威は思ったが、

「じゃあこれを見てくれ」

 ビデオカメラの録画映像を見せてくれた。

「えっと、おかしくないかい?」

 良子が話した内容が作り話なのか、それとも映像が間違っているのか…。

「一番怖いのは、そこなんだよ…」

 良子は話を続けた。


 心霊スポットに行った次の日のことだ。3人にメールが来た。送り主は小野寺で、内容は、昨日行けなくてすまなかったという謝罪。

 私はすぐに、一緒にいたじゃないかと返信した。でも小野寺は行ってないと主張する。

 幸いその日は私も小野寺も用事はなく、公園近くの喫茶店で落ち合うことになった。

「行けてるわけねえだろ! 昨日は交通事故で急患が入って、父さんも母さんも大変だったんだ。俺も姉貴も手伝わされたんだから!」

 小野寺の言う通り、交通事故はあった。朝刊にも載っていた。

「だがお前は、一緒にいただろ?」

「だから昨日の夜はずっと、家の病院にいたんだよ!」

 私は小野寺が嘘を言っているとしか思えなかった。だがその時に小野寺の姉に電話をしてもらい、確認が取れた。小野寺は確かに、昨日の夜は病院にいたのだ。

「じ、じ、じゃあ、このビデオカメラに写っているのは…?」

 私と小野寺はビデオカメラの録画映像を確認した。

 最初は写真撮影機能で、1枚撮った。

「遠藤と植木のツーショットか」

 何も知らない小野寺はそう言った。だがその写真、遠藤の横に小野寺が写っているはずなのだが…。

 次に映像を見た。

「何もねえところを写すなよ」

 小野寺は言う。

「変だ…。私は懐中電灯で照らした後に電源を入れたはず…」

「熊谷の勘違いじゃないのか?」

 いや確かそうだったはずだ…。

 映像に戻る。

「入っても…大丈夫だよね?」

「鼻が曲がりそう! マスク持って来ればよかった…」

「2階に上がれるみたいだぞ」

「何があるのかなー?」

 私、遠藤、植木の声は録音されているのに、小野寺の発言は一つもなかった。途中遠藤や植木を映した。それはあっても、小野寺は映像のどこにも映ってない。

「やっぱり3人で行ったんじゃねえか。これの何処に俺がいるって?」

「…」

 私は、言い返せなかったから無言だったわけではない。小野寺が一緒にいなかったら、じゃあ、あそこにいたのは? そう考えると口を動かせなかった。

「おいちょっと待て」

 小野寺が映像を止めた。

「植木のヤツ、間違ってるぜ」

「…何がだ?」

「これはハサミじゃねえ。ペアンだ」

「ペアン?」

 小野寺が言った言葉の意味がわからず、聞き返した。

「ドラマとかでよく見ねえか、手術のシーンに。止血するために使うんだ」

 そういえば、小野寺の家系は医者。なら小野寺がペアンを知っていてもおかしくない。

 だが昨日の小野寺の発言は、それを考えるとおかしい。

「人でも殺したんじゃねえの?」

 もし本物の小野寺が現場に居合わせたのなら、そんな事は言わないでここは手術室だ、と言うはずだ。あのセリフは、あり得ない。

「もう、止めよう」

 私は映像を止めようとした。だが小野寺は見続けた。

「これも針金じゃねえ。カテーテルだな」

 色々と突っ込みながら映像を見る。

「おや?」

 映像を止めたのは、遠藤の発言の後。

「ど、どうした?」

 私は何か映っていたから止めたと思ったが、違うようだ。

「30年前に使わなくなった…。もしかして、大内おおうち病棟びょうとうじゃねえのか?」

 なんと小野寺は、噂程度ではあるものの、この廃墟のことを知っていた。

「家に帰ってから確認してみっけど、絶対そうだぜ。だとしたら、あの病棟は2階建てだったはずだな」

 映像を再生した。

「地下室に行ったのか!」

 小野寺は驚いた。

「地下室も存在しないって言いたいのか?」

 聞き返した。すると、

「これが大内病棟なら、地下室はヤバいぜ。がんの末期患者を使って、非合法な人体実験を地下でやってたって話だけは聞いたからな」

 この後の会話は、記憶にない。少なくともこの日、本物の小野寺は一緒にいなかったことだけはわかった。

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