肆
姉は優秀でした。大検に一発で合格して、都内の大学に進学しました。2013年のことです。この年にはRも、浪人していなければ大学生になっているはずです。また、この時私の家族は山尾花から長岡に引っ越しました。転勤も理由の一つですが、姉のことを隠しきれないという思いもありました。
「姉は大学生活を、満喫していたと思います」
「思います、というと確定じゃないよね?」
「はい…」
上京してから、あまり連絡をよこさなかったからです。でも今まで辛かった分、楽しんでいるのなら邪魔はしないことにしました。
私たちは、夏も冬も春も姉が戻ってこないのは、向こうでの生活が幸せだからだと思っていました。
「でもそれは、致命的な勘違いだったんです」
次の年のことです。古沢さんがいきなり家に来ました。どうしたのかと思いましたが、急いでいることだけはわかりました。
古沢さんは、姉と同じ大学に進学していました。学科は違ったようですが、会う時は会ってたらしいです。そして姉の高校時代のことには一切触れないようにしてくれてました。
「いじめていたのに、そんなに親切に? 本当は優しい人なんだね」
古沢さんが言うには、二十歳の誕生日を境に姉が大学に来なくなったとのことです。それどころか電話にすら出ず、一人暮らしのアパートからもいなくなったのです。
「私と母親は、姉のアパートに飛んで行きました」
鍵はかかっていませんでした。しかし、部屋は荒らされた様子はなく、寧ろ綺麗に片付いてました。冷蔵庫には、次の朝に食べるつもりだったであろうチョコパンすらありました。
「な、何で、急に?」
その時には理由はわかりませんでした。母親はすぐに捜索願を警察に出しました。もしかしたら帰ってくるかもしれないと、母親はアパートに残り、私だけ先に長岡に帰りました。
帰る時、私は姉の机の引き出しから、あるものを持ち出しました。
「姉の、日記帳です」
帰りの新幹線の中でカバンから取り出しました。でも、読む気になれませんでした。また、いじめがあったのかもと考えると1ページも開けませんでした。
一週間経って、母親が帰ってきました。それから一か月経っても、何もわかりませんでした。
私は古沢さんに個人的にメールを送りました。
「何でもいいから、姉の様子を教えて欲しいと言いました」
古沢さんは学科が違いながらも、姉と関係がありそうなことを全部教えてくれました。一度だけ、姉の部屋に行ったことがあったそうです。私はそれについて詳しく聞きました。1年目の10月のことでした。姉と古沢さんと、他に3人ほど友達を混ぜて女子会をしたそうです。
「彼氏はいるのかとか、誰が好きだとか、そういう話題で盛り上がったらしいです」
その時に姉がした話ですが、
「誰にも言ったことがない話がある」
1度だけ、そう言ったんです。その時にはお酒を交えて話していたので、誰もが冗談で言っていると思ったらしく、深く聞くことはしなかったと言ってました。
「私はその一言に、何かあると思いました」
それは、私にも兄にもしたことがない話なのかもしれません。だから、手がかりも心当たりもありません…。
「1つだけ、ありました」
私は、自分の部屋に閉じこもって、姉の日記帳を開きました。姉の日記は2年前から始まっていました。最初は、勉強が大変だとか、母親の料理が食べたいとか、兄と一緒に泳ぎたいとか、私と一緒に勉強したいとか、そう言うことが毎日書かれていました。
「もちろんRのことについても、毎日のように書かれていました」
例えばどこかに行ったときには、Rも行ったことがあるのかな、とか、何か楽しみがあると、Rと一緒に行ってみたいとか、そういった感じに書かれてました。
大学生になると、Rも大学生に入ったのかなとか、昔みたいに昆虫採集してるのかな、といった記載も増えてきました。
「じゃあ誰にも話していないことは、日記には書かれてなかったってこと?」
「5月13日…。姉の19歳の誕生日から、日記の内容が変わってきました。」
その日の日記には、こう書かれてました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます