参
確かRは私立の高校に進みました。それは、公立に落ちたのか、最初から私立狙いだったのかはわかりません。姉は公立高校に進みました。
「違う高校になったってことだね?」
「はい。そこから地獄の始まりでした」
姉の通っていた深瀬高校は、その年は県内の高校で1番倍率が高かったです。ですから合格した生徒はみんな、自分が勝ち組と思っていたようです。姉は違いましたが、他のみんなはプライドが高そうだって聞いてました。
確か、1年生の夏頃だったと思います。姉が、いじめを受けていたことがわかったんです。
「どうして?」
「発覚したきっかけは、良く覚えていませんが、酷いいじめではなかったです。いじめられた理由が重要なんです」
当時、学年で1番可愛いと言われていた
「それといじめに、何の関係が?」
「その憧れの先輩と、Rは苗字が一緒なんです…」
三ツ村先輩は、女子の憧れの的でした。古沢さん以外にも、夢中だった人は大勢いました。そんな状況で、姉と同じ中学校出身の人から、あることが知れ渡りました。
三ツ村と城島は、中学時代からいつも2人でいる仲らしい――
この話は間違ってはいません。きっと言い出した人も、同じ苗字の先輩がいることは知らなかったんだと思います。ですが、深瀬高校の人たちは、その三ツ村が本当は誰のことなのか、わかっていませんでした。
中学時代から仲が良いなんて、大きなアドバンテージです。ましてはいつも2人でいるなんて。ですからそれを持っていたとされた姉は、多くの女子を敵に回してしまい、仲間外れや靴隠し、チェーンメールや迷惑メールなど、思いつく嫌がらせを全部受けました。深瀬高校に通っていた人は、自分たちは勝ち組なのだから、こんな女にどうして負けなければいけないのか、と思っていたと思います。
そんな中でも姉は心を折ることなく、耐えていました。いつかきっと報われる日が来る、そう言っていました。そしてRが自分の元に来てくれるはず、と。
いじめは、勘違いがわかるとすぐに終わりました。古沢さんは、謝罪のために私たちの家まで来ました。何度も何度も、泣きながら頭を下げていたことを覚えています。
「なら古沢って人の方が憎いんじゃ…」
「姉は笑って許していましたよ」
この時私は、初めてRを憎いと思いました。
「だってそうでしょう? 姉は苦しんでいたのに、Rは結局現れなかったんですから。Rがすぐに現れれば、いじめはもっと早く、いやいじめられることすらなかったはずです」
しかし、この古沢さんがお詫びの印として、取った行動が姉を追い詰めてしまったんです。
姉は、Rから借りた本を1冊だけ、小学校時代に返すことができなかったことがあります。Rは泥棒とかを許せない性格だったらしいので、返却しなかったことで嫌われることを恐れたんだと思います。だから返すタイミングを逃してしまったんです。また、Rが大量に本を貸していたので、R自身が何を貸して何を返してもらっていたか、正確に把握してなかったらしく、その本を借りたままの状態であることはRにはバレませんでした。
姉は、その本を毎日高校に持って行ってました。高校に進学して以来、Rとは連絡を取ってはいなかったので、Rのことを感じられる唯一の物だったんです。カバーは破け、所々変色し、ボロボロになりながらもいつも大事にしていました。
「古沢さんは、その本に込められた思いを知らずに、捨ててしまったんです…」
古沢さんは姉にサプライズをしたかったんだと思います。姉に気付かれずに本をカバンから抜き取って、新品に変えておく。古沢さんはそうしました。良かれと思っての行為でしょう。古沢さんは、その本の内容が姉のお気に入りで、だから持ち歩いているという考えを持っていたようです。
ですが大事なのは、本の内容ではなく、誰の本だったのか、なんです。
「この当時のことは、今でも鮮明に覚えています。姉は、今まで見せたことがないくらい、動揺していました。何も食べず飲まずの日が何日も続きました」
いじめを耐えられた姉ですが、これには心が折れてしまったんです。大切な人の思い出の本。それを失った姉は、次の日から高校に行かなくなりました。
また古沢さんが謝罪に来ました。ですが私の親は、古沢さんが何で悪いのか、わかっていませんでした。いや、あの場にいた全員が、理解してませんでした。姉は古沢さんに、何も言いませんでした。それは言い表せないほどの怒りがあったからではなく、ショックが大きすぎて何も考えられなかったからです。
「…そうか……」
「そんなことがあっても、やはりRは出てきませんでした」
姉は立ち直れなかったので、一時的に地元を離れることになりました。この時点で姉は、深瀬高校を退学しました。姉の高校生活は1年もせずして終わりました。知っている人に現状を知られたくなかったので、祖父のいる、長野県で大検のために勉強していました。
「兄も深瀬高校に進学しました。兄は、姉は病気で入院中と嘘を言いました。みんな信じてくれたので、無駄な散策はされませんでした」
「葵さんは、そんな嘘を吐かせたのもRって考えてる?」
「いいえ。これは家族で決めたことなので…」
ですが、私的に許せないことが四年前に起こりました。
「何が…?」
「Rを見かけたんです」
Rは地元の体育館の近くのコンビニにいました。私は一目見た時に、これはRではないかと疑問に思いました。今まで写真でしか見たことがなかったので、その時に確信を持てなかったのが悔しいです。
「だって、R本人だってわかったのなら、その場で問い詰めることができたんです…」
私はRかもしれないと思いながら、観察していました。すると、同い年くらいでしょうか、女性がやってきました。そしてRとその女性は、地元の体育館に入って行きました。
「家に帰って姉の卒業アルバムを見て、やっと確認が取れました」
茶髪で、猫背で、白い肌…。間違いありませんでした。Rでした。一緒にいた女性はRと同じ部だった
私は、たとえ間違っていたとしても、その時にRに接触していればと後悔しました。ですが、すぐにその感情は消えました。
「何で姉は苦しい生活を送っているのに、青春を失ってしまったのに、どうしてRは笑っていられるの? どうして姉ではなくて、葛西さんと一緒にいるの?私は今までに感じたことのない怒りを覚えました」
その後Rを見かけることはありませんでした。このチャンスさえ逃さなければ、あんなことにはならなかったのかもしれません…。
兄とRは高校が違ったので、その後のRの情報も途絶えました。
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