陸
朝、目覚めると既に準備はできていました。
「栗花落。貴様に約束させることがある。よいか?」
「な、何を?」
「まず一に。貴様はもう、死人という扱いを受けておる。表社会に出しゃばるような生き方は不可能と考えた方が良い。次に、今後一切、非行はやめろ。マガタマヲトコの呪いは素行が悪いと解けづらい。酒もタバコも駄目だ。女も夢路以外は駄目だ。最後に、他人の顔がどのように見えるのか、我輩以外には聞かれても教えないこと。これを破れば除霊しても意味はありはせん」
厳しい約束でした。全て飲むなら、もう人生は楽しめない。でも私はすぐに受け入れました。全ては私の素行の悪さが引き起こしたことだからです。文句を言う資格は、私にはありませんでした。
「では始める。夢路、電気を消せ」
彼は何やら唱え始めました。そして何度も私に塩をかけました。これが数十分続いた後、和紙に筆で何かを書くと、それで私の頭を軽く叩き、除霊は終わりました。
「お疲れ様でした、栗花落さん」
夢路さんがそう言いました。
「あっ」
私が喋ろうとすると、彼が口を塞ぎました。
「夢路。貴様の顔は自分で鏡で見たとおりだ。それ以上は何も聞くな。栗花落も何も答えるな」
私は黙りました。彼は除霊が成功か失敗か、答えませんでした。
「貴様はここで生活しろ。それ以外の選択肢は、ありはせん」
彼はそう言いました。私もここで生きる以外のことは考えていませんでした。
「栗花落。ここでの生活は、貴様が幼少時代より望んでいたものとは全く違うであろう。しかし、これが現実と受け入れよ。非行に走った自分を呪え。我輩もしばらくは、生活を見てやろう」
彼も工場に泊まりました。しばらくの間は、彼と夢路と私と、3人で生活しました。
やがて、彼が本土に戻る時が来ました。心強い彼がいなくなってしまうのは悲しいことでしたが、本土に戻ると言うことは私について、心配事がもうないのと同義です。私は、見知らぬ人間に対してここまで尽くしてくれた彼に感謝しました。そしてこの工場で、橋下さんのもとで陶芸の修行を開始しました。
そして3年後に橋下さんはお亡くなりになりましたが、私はその時までに教わることを全て吸収し、生活に困らないだけのお金をちゃんと稼げています。あの時から一緒にいる夢路にも、苦労は何1つさせていません。彼に言われたことを守って、ひっそりとここで生きています。
「なるほど。神代エンジって人は霊能力者で、あなたは彼に助けられたってことですね」
マガタマヲトコの話は怖かったが、その後栗花落さんの歩んだ人生も不思議なものだ。
「地名や人の名前は、全て偽名…いや、私は本名でも構いません」
「そういうわけにはいきませんよ。全部、こちらで調整しますよ」
お茶を飲み干すと、おかわりをくれた。
「最後、除霊が終わった後の話が割と飛んでたけど、どうして?」
祈裡が言った。
「それはあまり、マガタマヲトコと関係がないので…。今でも毎年、彼は私に会いに来てくれますけれど、するのは世間話ですから。それと、ネットでこういう話で出現する、どこかに行ってそれっきりという人が、必ずしも彼の様な人と出会っているわけではないと思います。私はただ、運が良かったんだと思いますよ」
それぐらい聞けば、もう記事にできそうだ。
だが引っかかることが2つある。
1つ目を聞こう。
「そう言えば、写真と勾玉はどうなったんですか?」
「写真は、彼が本土に戻る前にお焚き上げしました。その時既に、霊気はなかったらしいです。勾玉の方は、彼が持って行ってしまいました。壊したわけではないそうですが、1度だけその後の禍球社について聞いた時、彼が親族に頼んで取り壊してもらったと言っていたので、社に戻されているわけでもないようです。きっと彼が記念に持っているのではないでしょうか?」
悪影響を及ぼさないなら、持っていても大丈夫って考えか。
もう1つを聞いてみよう。
「マガタマヲトコの呪いは、本当に解けたんですか? 俺の顔、どういう風に見えますか?」
すると栗花落は答えた。
「あなたが鏡で見た通りですよ」
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