参
「ここか」
妖怪になんか負けられるか。私は彼女にそう言ったので、その日の夜に例の山に行きました。荷物は懐中電灯とケーブルカッター、それに証拠を写すためのインスタントカメラ。
森の中を懐中電灯で照らしながら進みました。蛾や蚊が飛んできても相手にせず、フクロウの鳴き声と葉っぱが擦れる音も無視して前進すると、有刺鉄線が見えました。
有刺鉄線に沿ってさらに20分歩きましたが、どこにも抜け道はありません。持っていたケーブルカッターで鉄線を切り、自分が入れるくらいの穴を開けると、その中に入りました。
その時です。インスタントカメラのシャッターが勝手に切れました。
「何だ?」
しかし写真には、何も写っていませんでした。この時フィルムの無駄ってことよりも、ヤバい領域に足を踏み込んでいると思いました。でもそう考えてしまったからこそ、引き返すわけにはいかないと感じました。
ここから時間が割とかかりました。有刺鉄線の内部の林は本当に未開の地で全く見分けがつかず、恐らく同じ道を何度も何度も歩いていたと思います。それでも私は社を目指しました。
さらに30分ぐらいでしょうか。林の中に突然、開けた空間がありました。不思議なことにその空間だけ、地面には雑草すら生えていませんでした。思えば有刺鉄線をくぐってから、フクロウの声も聞こえず蛾も蚊も飛んでいませんでした。
でもそんな事、気になりませんでした。何故なら目の前に、目的の社があったからです。
「これか? 本当に?」
伝承が正しければ、何百年も経っているはず。なのに社は、全く汚れていません。昨日建てたばかりと言われれば信じてしまいそうなくらいです。一応、インスタントカメラで撮影はしましたが、今度は普通に撮れました。
「勾玉とやら取って、彼女に自慢するか」
私は社の扉を強引に開けると、中に入っていた布でできた袋に手を伸ばしました。
その時です。誰かが私の腕を掴みました。
「放せよ。邪魔だろ?」
そう言って腕の持ち主の方に顔を向けました。
「うわっ!」
腕の持ち主は、顔がぐちゃぐちゃでした。おでこに鼻があり、目の部分には口があり、鼻の部分には目がありました。顎にも目がありました。口の部分には、小さな無数の蓮のような穴がありました。一瞬、恐怖が私の心を覆いました。
これがマガタマヲトコか! 私は思いました。同時に一歩下がりました。マガタマヲトコは社の扉を閉めようとしました。
そこで私は何を思ったのか、このまま引き下がれないと、無謀にもマガタマヲトコに掴みかかりました。たやすくマガタマヲトコを投げ飛ばすと、起き上がる前に社の扉を開けて、中の袋を取って来た道を引き返しました。
目の前に有刺鉄線と自分が開けた穴が見えました。そこをくぐって外に出ました。
「なんだ、楽勝じゃねえか!」
その日は私には何も起きず、家に帰って寝ました。
異変が起きたのは次の日でした。
朝、起きてリビングに向かうと、腰を抜かしました。母と父の顔が、昨日見たマガタマヲトコの物になっていたのです。
「どうしたんだ、父さん、母さん?」
「は? あんたこそどうしたの、洋大? 昨日夜中にどこか行ったでしょう?」
母も父も、普通に会話しています。しかし顔は完全にマガタマヲトコです。パニックになっている私に父が近づいてきます。あの顔に耐えられなくなった私は寝間着のまま家を出ました。
けれども、町の人たち全員の顔が、私にはマガタマヲトコに見えました。隣の家の人も、近所の子供も、彼女も。
私は家に帰ると自分の部屋に籠りました。そして昨日撮った写真を見ました。
社が綺麗に撮れていました。オーブのような変な物、マガタマヲトコ等そう言った心霊写真に出てくる類のものは何も写っていませんでした。
ここで、1枚目の写真の存在に気が付きました。何も写っていなかったあの写真、どうなったのだろう。恐る恐る見ました。
子供が一人、刀で自分の首を切っている光景が映し出されていました。
「ひえぇ!」
写真を破り捨てようとしましたが、引きちぎれませんでした。ハサミを使っても、どういうわけか切れません。油性ペンで塗りつぶそうとしても、インクが出ない。困り果てた私は封筒にその写真を入れて机の引き出しにしまうと、ガムテープで封印しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます