栗花落洋大。大した自己紹介もしていないのに、私の名前は地域に広まっていました。理由は札付きの不良だったからです。自分の機嫌を損ねた人には、容赦なく拳を振ってきました。

 中2の夏でした。あの日、駅でぶつかった高校生が謝らなかったので、駅裏に連れ出して徹底的に叩きのめしました。当時の私からすれば日常茶万事でしたが、一緒にいた彼女は怖がっていました。電車の中で彼女が私に言ったのです。

「洋大って、怖いものなしなの?」

「当たり前だろ。俺に敵う奴なんて、この町にいねえよ」

 私は喧嘩がとても強く、実際に負けたことは一度もありません。彼女は話を続けました。

「南の山の中に、妖怪を封印してるっていう話、聞いたことある?」

「知らねえ。何お前、そんなの信じてるのか?」

 私は大声で笑いました。同じ車両に乗っていた人は誰も注意しません。いや、誰もできなかったのです。言えば必ず殴られる。そう思っていたんだと思います。

 そう考えると、この日の彼女の唐突な話の真意がわかります。私に、目の前から消えて欲しかったんでしょう。面と向き合って言えないのなら、怪談に任せようって魂胆だったと思います。これからの展開を考えてると、それで間違いないでしょう。


 先にその伝承を話しておきましょう。

 農民が刀で切り殺したという表現が出てくるため、恐らく時代は安土桃山ぐらいだと思います。その時代にはかつて、2つの村がありました。

 両方の村に重税が課されていましたが、山のふもとにある村、山村はそれに困っていませんでした。川の側にある村、川村はそれを不審に思っていました。

川村の民がある日漁をしていると、山村の方から一人の少年が走ってきました。川村の民は少年を保護すると、逃げてきた事情を聞きました。

「山村は繁栄のために、生け贄を必要としている。今年は自分の番で、嫌だから逃げてきた」

 少年はそう言いました。山村は豊作や豊漁など、色々な事象で神様に生け贄を捧げていたのです。その見返りか、だから山村は繁栄し、重税にも耐えてしかも余裕だったのです。

 川村の民は少年を保護しましたが、生け贄がいなくなって困った山村は、川村を襲撃します。しかし、川村の民の方が剣術が一枚上手でした。襲撃者を切り殺すと、山村は諦めて帰りました。

 そこから何事もなく安心していると、少年は山村が心配だから戻ることにしました。川村は止めましたが、他の人が生け贄になるだけだ、そう言って村から抜け出しました。

 山村に戻ってみると、悲惨な光景が待っていました。少年の一族は責任を負わされ、家族が皆殺しにされていました。父、母と他の家族がみんな、さらし首にされていました。

 今さら戻っても意味なんてなく、少年は逃げたことを後悔しました。そして自分の家にある刀で、自らの首を切り落とします。この時の少年の目は後悔と悲しみで濁っており、心は家族を殺されたことに対する怒りで満ちていました。

 次の日、少年のことを心配した川村の民は山村に行きます。しかしそこは、村と呼べるところではなくなっていました。

 建物という建物は全て壊され、畑は枯れ果て、井戸は干上がっていました。

 しかし、川村の民が驚いたのはそこではありませんでした。山村を隅々まで捜索したのですが、人が誰もいません。あるのは、さらし首だけでした。

 もしかして、山村はとっくの昔に廃れており、少年はこの地方に迷い込んだ浪人と思ったその矢先、川村の他の仲間が慌てて山村にきました。

 話を聞いて川村の民が村に戻ると、側の川から異臭がしました。そして川を覗くと、そこは地獄でした。

 何十、何百という死体が、川の上流から流れていました。

 この事態に困惑する川村の民。導き出された結論は、生け贄を捧げなかったことに対する、神の怒り。しかしたったそれだけで村を壊滅させるのは、神様は我儘すぎる。再び山村に向かった民は、唯一崩れていなかった民家の中で少年の遺体を見つけました。

 その顔は、見るに堪えないものでした。

 川村の民は、神の怒りと少年の怨念が川村まで来ることがないよう、山村を片付けて綺麗にした後、勾玉を宝玉として祭った社を造り、そして山村の存在を隠すかのように木を植えて林を作りました。

 これ以降、川村に異変は起きませんでした。しかし川村の民は、あの少年のことをマガタマヲトコと呼び、近寄ることを一切禁じました。

 川村の民が残した記述によると、江戸から大正の間に、何人か山村の跡地、禍球社に侵入した人がいたようですが、1人残らず変死しているそうです。そして5人目が死んだ後、最後に書かれていました。


 あそこは日本ではない。マガタマヲトコの体の一部だ、と。

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