機転となる出来事が起きたのは、半年後のことだった。この日ご先祖様は診察中だった。病室で横たわる少女が窓の外を見ている。

 もしかして、スズムシの鳴き声が聞こえているのか…?

 ご先祖様はすぐに行動に出た。

「えみちゃん。今使っている薬には副作用があってね、耳鳴り…みたいな音がたまに聞こえるけど、気にしないこと。退院する時には聞こえなくなるから」

 そう言った。

 ある意味では患者を実験台にするような行為。ご先祖様も家に帰った後、すぐに後悔したという。

 その実験の結果は、吉と出た。その患者の症状は悪化することなく、退院予定の日にちゃんと、元気に退院できた。

「呪いのカラクリがわかった」

 ご先祖様は確信した。これ以降、最初の患者と同じ嘘を入院時に聞かせることで、嘴細の呪いに対抗していった。


「そのカラクリって、何なんだ?」

「あんた私より年上でしょ! わからないの? これだからゆとりは…。期待して損したわ!」

 勝手に怒られても…。いやいや確かに俺の世代はゆとり教育だったが、呪いについては必修ではなかったし…。

「それを教えてくれないことには、お小遣いはあげられないね!」

「何ですって? …なら教えるわよ」


 ご先祖様は80まで生きた。そして死に際に、子供に言った。

「病院でスズムシの鳴き声を聞いても、誰にも言うな。かつて嘴細は、いじめられても助けを求めることができなかった。あの兄妹ができなかったことをすれば、呪いによって死に至る」

 つまりどういうことかと言うと、スズムシの鳴き声を聞いた時点では、死ぬことはまだ確定ではない。そのことを誰かに話してしまうのが駄目なのである。

 嘴細兄妹は、誰にも助けを求められなかった。その無念がどういう形で現れたのかは不明だが、この病院に携わる者にとってスズムシの鳴き声は害悪であり、それに一人で耐えなければいけないのである。嘴細兄妹はいじめられていることを誰にも言わなかった。だから彼らと同じ様にしなければいけない。もし誰かにスズムシのことを話せば…それは助けを求めたこととなり、嘴細の逆鱗に触れて、死ぬ。

 それが、ご先祖様の出した結論だ。

 バカバカしい話に聞こえるかもしれないが、事実だ。最初の一件以降、スズムシの話はこの病院では禁句になっている。今も行っているかは不明だが、スズムシの鳴き声を聞いても誰にも喋ってはいけないことになっている。


「そんなことが…。でも、もう100年以上も前の話でしょう? そろそろ大丈夫なんじゃない?」

 氷威が聞くと、若奈は顔をしかめた。

「それがそういうわけにはいかないのよね…。呪いの都合上、聞いたとしても誰にも話せないから、確認のしようがないの」

 そしてため息を吐いて、

「今もこの病院のどこかで、鳴いているのかもしれないわ…」

 それを聞いて、ゾワっとした…。

「何驚いてるのよ? 最後の一言は嘘。効果がないなら呪いなんて言わないでしょう?」

「じ、じゃあ何で匂わせるようなことを言うんだよ?」

「そう言った方が、涼むし、いいんじゃないかと思って」

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