せめてもの報いとして、ご先祖様は医師たちの不正や診断ミス、いじめを病院に告発。捨てられたカルテの件や破かれた論文、嘴細の検査結果などが動かぬ証拠となって、医師たちを病院から排除することができた。

 できたにはできた。でも、遅かったのだ。

「スズムシ、鳴いてるね」

 とある入院患者がご先祖様に言ったこと。その時の季節、庭には雪が積もっていた。

「どこで?」

 ご先祖様は聞き返した。すると患者の少年は窓の外を指差す。

「ほうら耳を澄ましてみて。先生にも聞こえるでしょう?」

 しかし何も聞こえない。

 ご先祖様は少年の幻聴を疑った。カルテの隅々にまで目を通した。だが、入院期間はたったの二週間、しかもただの骨折。神経系の異常ではなかった。だがこの発言を皮切りに、少年の症状は酷くなっていく。

「何かがおかしい」

 気づけば退院予定日をとっくに過ぎていた。でも少年は全然良くならない。

 どうして? ご先祖様は色々原因を考察するのだけど、何もわからなかった。

 一週間後、少年は治療の甲斐なく亡くなった。


 不幸はまだ続く。

「先生、庭のスズムシがうるさくて、夜眠れないのですが…」

 今度は妊婦。少年と同じ様に、窓の外の苦情を訴える。

 これは春の出来事で、やはりスズムシが鳴いてるはず、いやいるはずがない。でもご先祖様は病院総出で庭を徹底的に探した。でも、スズムシどころかバッタやコオロギの類すら一匹も見つからない。

「スズムシはどこにもいませんよ」

 ご先祖様が妊婦に報告すると、

「それは嘘でしょう。今も鳴いているではありませんか」

 そう返事が返ってきた。

 この日、ご先祖様は一晩中庭にいることにした。けれども、スズムシの鳴き声は1回も聞こえなかった。

 妊婦が流産したのは、次の週のこと。状態は先週まで安定していたはずなのに。母体の体調も悪くなり、妊婦は入院を続行。だが日に日に状態は酷くなり、やはり亡くなった。


 それは入院患者だけにとどまらなかった。

「ゆう君、お外にスズムシが鳴いてるね」

 子供が風邪を引いたからやって来た、付き添いの母親が待合室で言った。まさかと思ったご先祖様だったが、やはりそうだった。その日の夕方、子供の風邪がうつったかもしれないと母親が診察に来た。具合は明らかに悪くなっており、即日入院。最初の検査では異常はどこにも見られなかったのに、

「次第に悪化して亡くなった、と」

「その通りよ」

 母親は亡くなったが、その子供の風邪はすぐに治った。同じ病気だったとは考えにくい。

 うすうす気が付いていたことだけど、ここでご先祖様は確信する。

 これは、呪いだ。嘴細の呪い。私が助けてやれなかった嘴細の怨念が、患者を殺しにやって来る。


「初歩的な疑問なんだけど、その嘴細って奴はどうして、君のご先祖様に手を出さなかったの?」

「ご先祖様は恐らく、憎い人を死なせることだけが呪いじゃないと推測しているわ。医者にとってはかなりの苦痛じゃない? 患者が治療しても死んでいくのは」

 なるほど…。でももう1つ疑問がある。

「嘴細だって医者の端くれだろう? 何で患者に手をかけるのさ?」

「菅原道真だって怨念になったら人々を襲ったでしょ? それとおんなじ。祟りってそういうものよ」

 若奈はさらに付け加えた。

「それに嘴細は、病院の事情を知らないの」

「え?」

「嘴細が自殺したのは、病院名が大神に変わる前。嫌がらせをしていた医師たちが追放される前。だから嘴細は、病院自体を恨んでいた。皮肉にも追放された医師たちは、呪われずに助かったってことね」

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