弐
そもそもこの病院の名前は、できた当時とは違った。最初の名前は
日露戦争の時だ。院長先生の端太が軍医として出兵した。彼は治療専門だったのだが、前線で感染症にかかり、そのまま死亡してしまう。
死亡の知らせを受けた端太病院だったが、誰も悲しまなかった。
病院には権力を欲した医師が何人もいた。私の先祖もその内の1人で、その時の記録は今でも残っている。
要するに次の院長の座を狙うべく、みんなが血眼になって競争したということ。
権力競争はとても激しく、中には嫌気がさして途中でやめて北海道に行った野沢という医師や、失態をでっちあげられて沖縄に飛ばされた小野寺という医師もいた。
4、5年続いた権力競争だったけど、見事に院長の座を勝ち取ったのは今のこの病院の名前からでもわかるように、大神という医者。その時から病院名を端太から大神に変え、競争に敗れた医師は全員クビにして一族で経営していくことになった。
「それだけ聞くとただの先祖の自慢話じゃないか!」
氷威は突っ込みを入れた。
「肝心なのはこれからよ。黙って聞きなさい!」
実は端太には隠し子がいた。
もちろん嘴細も権力競争に参戦するのだけど、親がかつての院長だったから、みんなから目の敵にされた。しかも親が死んだから味方は病院内に誰もいない…いや、看護婦が1人だけいた。嘴細の妹だった人だ。
嘴細兄妹には、趣味があった。彼らはスズムシを家に何千匹も飼育していた。毎年病院の庭でも放し飼いをしていた。
しかしこれは、あまり評判が良くなかったらしい。子供にはうけたが、大人からはクレームの嵐。でも当時の院長先生は、処罰を一切しなかった。
嘴細はこれを、権力競争中にも行う。今度はもう、かばってくれる人はいない。
「庭がうるさくて眠れんのですが」
入院患者が苦情を言った。
「それは嘴細先生のせいなので、私は関係ありません」
医者の誰かがそう答えた。
「じゃあその先生にやめるよう言ってくれ」
この時まで、医者たちは好んで嘴細を弾劾しようとは思ってはいなかった。しかし患者の訴えなら聞かないわけにはいかない。この日から、壮絶な嫌がらせが始まった。
「先に言っておくけれど、私のご先祖様はそんな陰湿なことはやってないからね。やらなかったから院長先生になれたんだから」
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