陸
では何故造られたかというと、アタシの仲間のAのように、何も知らない人に身代わりになってもらうためとのこと。
話は大正時代まで遡る。当時、東京で大地震があった。そしてその時流行した噂話が原因で、多くの朝鮮人が殺された。
後に留島と呼ばれるようになる場所に、殺されるのを恐れて逃げてきた人がいた。その人は日本人だったのだけれど、知り合いが朝鮮人と勘違いされて殺されてしまったために、怯えて首都圏から抜け出したのだ。
しかしこの地方の人は彼を受け入れようとしなかった。簡単なプレハブ小屋を一つだけ立てると、食料も仕事も与えずに無視した。
その人はそこで頑張って生きていたらしいけど、都会から来た人がいきなり、何も説明されずに自給自足の生活なんて不可能。すぐに病気になってしまう。それでも近くの村人―恐らくアタシの先祖たち―は手を差し伸べなかった。
やがて限界が来てしまう。一応、面倒事にならないように村から一人だけ、最期を看取るために女性がやって来た。女性にその人は言ったそうだ。
「故郷に帰りたい…。故郷の海、島、灯台…。もう一度だけ見たい…」
こうも言ったそうだ。
「私をこんな目に合せた村人たちが憎い。どうしてこんな扱いを受けないといけなかったのか…。憎い。恨みで心が一杯だ…」
その人はすぐに亡くなった。遺体は放置されて、野ざらしだったという。
次の年のことだった。最期を看取った女性が夜中に家を出た。
「行かないと」
女性はそう言ったらしい。
女性はなかなか帰って来なかった。心配した村人が探すと、この女性はプレハブ小屋の中で既に死んでいた。
最初は自殺と思われていたが、誰かに殺されたかのように死んでいたらしい。でも犯人に心当たりは全くない。この事件はすぐに迷宮入りしてしまう。
その後、この女性のように一度プレハブ小屋に行って、その後すぐ家を出て、次の日にプレハブ小屋で死んでいることが何度も起きたんだとか。
これは呪いだ。あの首都圏から逃げてきた男が、手を差し伸べようとしなかった我々を、皆殺しにするつもりなんだ。村人たちはそう判断した。
すぐにプレハブ小屋を取り壊すことが発案された。でも工事を始めようとすると、不審死が必ず起こる。結局プレハブ小屋を取り壊すことは今日までできていない。
そこで村人が考えたのが、プレハブ小屋の側に目印となるものを造ること。そこであの灯台が建てられたらしい。でも当時は灯台とは呼ばれなかった。照明装置はつけられなかった。何故なら当時はプレハブ小屋に近づいた人が、いつ死ぬのかわからなかったからだ。昼間までそこにいるから死ぬのか、それとも夜にそこに足を踏み入れてしまうから死ぬのか…。当時は木々がもっと多く、迷い込んだら場所に関わらずに終わり。ならば塔を立てて、昼間だけ、近づかないようにしよう。
効果はあったらしい。だがそれが、逆鱗に触れてしまう。
ある日のことだ。夜、散歩していた少女が言った。
「あそこが光ってる。あの、白い塔が。まるで灯台みたいに」
少女の親はそれを聞いて不安に思った。少女を守るために家で見張っていたものの、駄目だった。次の夜少女はいなくなり、夜が明けるとプレハブ小屋で冷たくなっていた。
ここで村人たちは集まり、状況を整理した。
これはやはりあの男の呪いだ。そうとしか考えられない。あの男の怨念が、少女をあの世に連れて行った。
この時に、初めて呪灯という言葉が生まれた。文字通りの呪われた灯台だ。そして呪灯の明かりが見える範囲のことを、そこに入ったが最後、まるでそこに留まるかのような行動を見せて死ぬことから、留島と呼ぶようになった。
本来なら次の世代にも教えなければいけないことだが、それを行うと男がまた新たな方法であの世に手招きをする可能性がある。だからあえて呪灯留島については、今回のように事件になるまで教えないそうだ。今の状態なら、夜に近づかなければ大丈夫。それを規制したら、昼間に近寄ることも危険になるかもしれないから。
男の呪いは女性が受けやすいそうだ。だから呪灯に行く前と行った後のDとEの言動が違ったわけだ。
「…なるほど。玲歌さんは大丈夫だったのかな?」
メールが送れてるってことは無事なのだろうが、それでも何処か心配だ。
「この人、そこから離れた大学に通ってるんでしょ? なら心配いらないじゃん!」
祈裡の言う通りだ。玲歌と話した時、地元に帰りたいという類の台詞はなかった。玲歌なら心配はいらないだろう。
「でも、その辺りにはフェンスが建てられたんでしょ? そしたら男の怨念は、新しい方法を探すのかな?」
氷威はそれに気が付かなかった。もしかしたら呪灯留島は、今もなお様々な方法で人をあの世に連れて行っているのかもしれない…。
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