次のバス停で、バスは止まった。誰かが降車ボタンを押したわけでもなく、新たに誰かが乗ってくるわけでもなかった。止めたのは運転手だった。

「君、もう感づいているんじゃないのかい…」

 運転手が氷威に言った。

「運転手さんも、やはり心当たりがあるんですね?」

「どういうことなの?」

 話についていけない祈裡が言った。

「運転手さんが祈裡や久姫に話した内容は、やけに詳しかったですね。それに抜けている部分もありました」

 氷威が気になったのは、運転手は彼が、礼をすることを話していなかった。昨日も今日もしていたのに、である。

 それだけじゃない。彼の生前の話には、バスなんて出てこない。なのに彼の幽霊が出てくるのはこのバス。

 では何故か?

「運転手さんは、生前の彼と何かしら関係があったんじゃないですか?」

「…そうだ」

 運転手は潔く肯定した。


 あの事故を起こしたのは私ではない。だが被害に遭ったのは私の元妻だった。彼は妻が引き取った。

 元妻が障害を負ったのは知っている。だが私は、離婚のために払った慰謝料のおかげで余裕がなく、何もしてあげられなかった。

 言わば彼らを見殺しにしたようなものだ。だから彼は、私のバスに乗り込んでくるのだ。

 それが私には、非常に恐ろしく感じた。逃がさない。絶対にあの世へ連れて行く。彼の後ろ姿から、そんなことを感じずにはいられないのだ。

 でも、彼に殺されても仕方ない。だって私は、彼らを見殺しにしたのだから…。


「う、嘘…」

 祈裡はショックを隠せずにいた。美談だと思ったことが、呪いだったなんて…。

「運転手さん、俺たちはここで降りるよ。明日は彼が降りる時、顔を見てあげてよ。」

「しかし、合わせる顔がない」

「そんなことはない。今からでも遅くないよ。彼もわかってくれるさ」

 そう言って二人分の料金を払うと、氷威は祈裡の腕を掴んで一緒にバスを降りた。


「あんなこと言って、本当に大丈夫なの?」

 祈裡が聞く。

「絶対に間違ってるよ、こんなの!」

 それに対して氷威は、

「間違ってるのは、運転手の方だぜ」

 氷威は、バスで見た彼の表情を説明した。

「彼の顔は辛そうだった」

「それはそうでしょ、苦しんで死んじゃったんだから」

「そういう苦しみじゃなかったよ」

 ホテルに向かって歩きながら、氷威は説明する。

 彼も最初は、運転手の言う通り恨みで行動に出たのかもしれない。でも今はもう違う。未だに恨んでいるなら、運転手を睨んだり、怒った顔をしていたりするはずだ。でも彼は、運転手に頭を下げる。

 乗せてもらったからじゃない。きっと謝ってるんだ。怖がらせて、ごめんなさいって。でも運転手が彼を見てくれないから、毎日謝りに来てるんだ。

「彼の辛い表情は、死してなおこんなことをしてしまったことに対する自責の念だったんだ」

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