夜道を走るバス内に響き渡る音は、走行音だけだ。私の視線は、男の子に向いている。久姫も見ている。男の子も無言で窓の外を見ている。


 数分経つと、またバスが何もないところで止まった。今度は降車口が開いた。男の子が前に進み、運転手に頭を下げると、降りて行った。

 降車口が閉まると、またバスは走り出す。


「ねえ久姫ちゃん、アレは誰なの?」

 私は言った。

「あれは……。可哀想な少年だよ。未だに成仏できないんだ」

 運転手が答えた。

「ええ、じゃあ幽霊なの?」

 久姫は頷いた。

「私も最初に遭遇した時は驚いたわ。でも運転手さんの話を聞くと、可哀想で仕方なくて…。それで彼のことを見守りたくて」

 何があったのかは、運転手が話してくれた。


 今から数十年前のことだ。この辺りで交通事故が起きた。死者こそ出なかったものの、被害者の女性にはとても思い後遺症が残った。

 その女性に家族は息子が1人しかいなかった。その息子は母の看病を熱心にした。だが子供にできることには限りがある。

 やがて息子は病気にかかった。大きな病気ではなかったが、日々の疲れで弱っていた息子にとっては致命的だった。でも息子は母の看病をやめなかった。

「母さんを苦しませたくない…」

 息子はそう言って、あの日も夜遅くまで頑張っていた。

 だが限界がやって来た。息子は疲労で倒れてしまう。すぐに救急車で運ばれたが、命は助からなかった。そして息子の看病が途絶えたことで、母もすぐに亡くなってしまう。


 その後のことだ。この路線の最終バスに、彼が現れた。

 バス停に現れたのではなかった。だから最初の頃は無視されたが、毎夜毎夜現れる。運転手は彼に聞いた。

「乗りたいのかい?」

 彼はコクンと頷いた。そして乗車口を開くと、乗り込んだ。

 どこまで乗るのかと思っていると、バス停を過ぎた後に降車ボタンを押した。

「ここで降りるのかい?」

 そう聞くと降車口の方に進んだ。バスを止めて降車口を開くと、無言で降りた。

 次の日も現れたので、それから毎日同じことを繰り返している。

 きっと彼は、未だ母が死んだことをわかっておらず、看病するためにバスで移動しているのだろう…。


 私も彼のことが可哀想だと思った。久姫は泣いていた。

 やがて久姫の目的地に着いたので一緒に降りた。そしてあれが最終バスだったので、歩いて帰って来た。

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