その子は名前を八幡やはたと言う。大学1年生で、進学にあたってこっちの地方にやって来た。このホテルでアルバイトをしているらしい。

 コンビニの都市伝説本を読んでいたので声をかけたら、自分も1つ知っていると言ったので教えてもらうことになった。

「このホテルと私のアパートを往復するのに、市バスを使うの。バスで30分。バイトは夜遅くまでかからないけど、私はいつも最終バスに乗ってるわ」

 何でそんな事をするのかと聞くと、実際に連れて行ってくれた。

 バス停で待っていると、バスが来た。でもそれは最終バスじゃないから乗らない。いつもはコンビニで時間を潰しているらしい。

「来たわ! このバスに乗るの!」

 久姫と私は乗り込んだ。


 最終バスと言うだけあって、バス内はガラガラだ。私たち以外に乗客はいなかった。一番後ろの席だからそれがよくわかる。

「私も最初は、最終バスに乗るつもりはなかったの。でもある時遅くなっちゃって…。それ以降はこのバスに乗るようにしてるわ」

 私は久姫にどんな話なのか尋ねた。

 でも久姫は、まだ待ってって言う。

 だからその時が来るまで、女子トークで盛り上がった。他にお客は誰もいないから、大声で話をしていた。


 バスが止まった。赤信号だからじゃない。でも、バス停でもない。もちろん私たちが降車ボタンを押したわけじゃない。

「来るわ。彼が」

「え、誰?」

 私は久姫の顔を見ていたが、久姫は乗車口を見ていた。

 ドアが開くと、中学生ぐらいだろうか? 帽子をかぶった男の子が1人、バスに乗り込んできた。

「こんな時間に、あんな幼い子が?」

 どうして、と続けたかったけれど、久姫がそうさせなかった。

「静かに。見守っていてあげて」

 私は黙った。運転手も、何も言わない。

 男の子は、シルバーシートの前に立った。顔はよく見えない。

 ドアが閉まって、バスが走り出した。

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