「…なるほど。それはやっぱり聞いたことある通りか。ま、そんなものだろうね」

 鈴茄から聞いた話を氷威はノートパソコンに打ち込んだ。

「いや。まだ続きが少しだけあるの」

 鈴茄が切り出した。


 それは次の日のこと。

 荷物を全て置いてきてしまったので、取りに行くことになった。他の誰かに頼もうという話も出てはいたが、誰にも信じてもらえそうにないこと、同じことが起きたらその人に失礼なことを考えると、3人で行くことにした。

 萌々花は食塩を袋一杯に持って来た。飛鳥はお守りを握りしめていた。私は腕に数珠を付けていた。

「昨日の、ままだね」

 あの桟橋には、誰も近づいていないらしい。荷物は取られてなかった。

 でも私は、自分のクーラーボックスに目が行った。

 開けっ放しにはしてなかったと思うけど、閉めた記憶もない。クーラーボックスは閉じられている。

「中にる魚はどうする? 言っておくが私は、食べるのはごめんだぞ?」

「全部逃がすわ。生きてればだけど。死んでたら…いや死んでても、海に帰ってもらう」

 私はクーラーボックスを開けた。

「え?」

 中の魚は全て、死んでいた…。でも酸欠じゃなくて、全部骨だけになっていた。まるで誰かが食べたみたいに、食い荒らされていた。

「鳥か猫が、食べたんじゃないのか?」

「でも、今蓋を開けたじゃん?」

 私たちは、何も言えなかった。

 カチャン、と音が桟橋の先でした。3人が振り向くと、地面には海に捨てたはずの釣り竿が落ちていた。

 その側に立っていた…。ずぶ濡れの、男性――昨日見た水死体の幽霊…。

 私たちはソレに、塩もお守りも数珠も投げつけると、また一目散に逃げだした。


「その後は、どうだったの?」

 鈴茄は下を向いて、

「わからないわ。だってその後、あの桟橋には行かないことにしたから」

 そりゃあ、あんな体験をしたら2度と行かなくなるよな…。

「これで終わりよ。萌々花と飛鳥とはまだ連絡取り合ってるけど、釣りには行かなくなった。これでお終い」

「そうか。ありがとう。じゃあこれ」

 氷威は封筒を渡した。

「これで中尊寺金色堂でも行ってみたら? 流石にもう放射能とか、言われないだろうし」

 鈴茄は黙って受け取った。

「氷威はどうするの?」

 と聞かれた。

「俺か? 俺はなあ…」

 再びレストランの外を見る。

「今まで沖縄から出たことがなかったから、色々な所に行ってみようかな。きっと怖い話を持っている人がいるはずだし」

「じゃあ本気なのね…?」

 本気さ。孤児院にいた時、大神おおがみみさきって人が孤児のリーダーだった。その人から怪談話について聞かされ、それから怪談話を書いた本を作ってみたいと思っていた。その夢を実現したい。

「祈裡も行くの?」

 和島祈裡わじまいのり。孤児院の院長の娘で、小さいころから院に来て遊んでいた。高校時代から付き合っている。この旅にも付き合ってくれるらしい。

「あんたたちはいつもそうやって、よくわからないことしたがるわよね…。正直ついていけないわ」

「鈴茄が来る必要はないよ。祈裡が来るから」

 そう言うと鈴茄はテーブルとバンと叩いて乗り出し、

「そういう意味じゃなくて!」

 レストラン中の視線を一撃で集めた鈴茄。少し恥ずかしくなったのか、素直に座った。

「頑張っては欲しいけど、無理そうだったら帰ってきなさいよ。あんたも一応大学を卒業してるし、成績も悪くなかったし、こっちで生活するのには困らないでしょう?」

 鈴茄は言うが、氷威にやめる気はない。もう準備が済んでいる。

「応援してくれるなら、できた本を買ってよ」

 鈴茄はため息を吐いた。

「それとさ。…さっきからあの窓から覗いているずぶ濡れの男は、鈴茄が釣り上げた獲物なの?」

 氷威が鈴茄の後ろの窓を指差した。

「は!」

 鈴茄が驚いて振り向いたが、そこには何もいない。

「もう! そんな事ばっかり!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る