肆
「…なるほど。それはやっぱり聞いたことある通りか。ま、そんなものだろうね」
鈴茄から聞いた話を氷威はノートパソコンに打ち込んだ。
「いや。まだ続きが少しだけあるの」
鈴茄が切り出した。
それは次の日のこと。
荷物を全て置いてきてしまったので、取りに行くことになった。他の誰かに頼もうという話も出てはいたが、誰にも信じてもらえそうにないこと、同じことが起きたらその人に失礼なことを考えると、3人で行くことにした。
萌々花は食塩を袋一杯に持って来た。飛鳥はお守りを握りしめていた。私は腕に数珠を付けていた。
「昨日の、ままだね」
あの桟橋には、誰も近づいていないらしい。荷物は取られてなかった。
でも私は、自分のクーラーボックスに目が行った。
開けっ放しにはしてなかったと思うけど、閉めた記憶もない。クーラーボックスは閉じられている。
「中にる魚はどうする? 言っておくが私は、食べるのはごめんだぞ?」
「全部逃がすわ。生きてればだけど。死んでたら…いや死んでても、海に帰ってもらう」
私はクーラーボックスを開けた。
「え?」
中の魚は全て、死んでいた…。でも酸欠じゃなくて、全部骨だけになっていた。まるで誰かが食べたみたいに、食い荒らされていた。
「鳥か猫が、食べたんじゃないのか?」
「でも、今蓋を開けたじゃん?」
私たちは、何も言えなかった。
カチャン、と音が桟橋の先でした。3人が振り向くと、地面には海に捨てたはずの釣り竿が落ちていた。
その側に立っていた…。ずぶ濡れの、男性――昨日見た水死体の幽霊…。
私たちはソレに、塩もお守りも数珠も投げつけると、また一目散に逃げだした。
「その後は、どうだったの?」
鈴茄は下を向いて、
「わからないわ。だってその後、あの桟橋には行かないことにしたから」
そりゃあ、あんな体験をしたら2度と行かなくなるよな…。
「これで終わりよ。萌々花と飛鳥とはまだ連絡取り合ってるけど、釣りには行かなくなった。これでお終い」
「そうか。ありがとう。じゃあこれ」
氷威は封筒を渡した。
「これで中尊寺金色堂でも行ってみたら? 流石にもう放射能とか、言われないだろうし」
鈴茄は黙って受け取った。
「氷威はどうするの?」
と聞かれた。
「俺か? 俺はなあ…」
再びレストランの外を見る。
「今まで沖縄から出たことがなかったから、色々な所に行ってみようかな。きっと怖い話を持っている人がいるはずだし」
「じゃあ本気なのね…?」
本気さ。孤児院にいた時、
「祈裡も行くの?」
「あんたたちはいつもそうやって、よくわからないことしたがるわよね…。正直ついていけないわ」
「鈴茄が来る必要はないよ。祈裡が来るから」
そう言うと鈴茄はテーブルとバンと叩いて乗り出し、
「そういう意味じゃなくて!」
レストラン中の視線を一撃で集めた鈴茄。少し恥ずかしくなったのか、素直に座った。
「頑張っては欲しいけど、無理そうだったら帰ってきなさいよ。あんたも一応大学を卒業してるし、成績も悪くなかったし、こっちで生活するのには困らないでしょう?」
鈴茄は言うが、氷威にやめる気はない。もう準備が済んでいる。
「応援してくれるなら、できた本を買ってよ」
鈴茄はため息を吐いた。
「それとさ。…さっきからあの窓から覗いているずぶ濡れの男は、鈴茄が釣り上げた獲物なの?」
氷威が鈴茄の後ろの窓を指差した。
「は!」
鈴茄が驚いて振り向いたが、そこには何もいない。
「もう! そんな事ばっかり!」
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