「そんな事よりも鈴茄、竿!」

 飛鳥に促されてリールを巻いた。とても強い手ごたえを感じる。

「今度のは、かなりの大物ね…。ってアレ?」

 左腕の腕時計に目が行った。

「どうーしたの?」

 萌々花がそう聞く。鈴茄のリールを巻く手が止まったからだ。

「今、何時?」

「んー。多分3時間ぐらいは経ってるんじゃない…?」

 萌々花がスマホの画面を確認する。すると、

「あれぇ? 電波悪かったっけここ? 何度も来てるけど。それにアタシのスマホ、バグってるかも」

 今手が離せないので自分のスマホを見ることができないが、電波は悪くはないはずだ。だってさっき、飛鳥がインターネットで検索していたんだから。

「どうしたんだ二人とも?」

 飛鳥が聞くので、鈴茄が返す。

「今何時?」

「何時って、時計見りゃすぐにわかるだろう? 今は、午後2時――」

 飛鳥はあっという顔をした。

「おかしくない? ここに集合したのが2時じゃなかった? 何で時計止まってるの?」

 誰もその問いに答えることができない。

 竿を引く力が急に強くなりだした。これに鈴茄は違和感を感じた。

「…ここにこんな力が出せる大物なんて、いないはず…」

 何度も来たことがあるからわかる。女性でも一人で釣り上げられるような魚しか、ここでは釣れない。

「ねえ、もう帰らない?」

 萌々花が言った。

「そうだ。何か今日は、雰囲気が悪い。鈴茄、早くそれを釣り上げなよ。」

 飛鳥が言う。

「いいえ、これは逃がすわ…」

 そう言ったにもかかわらず、リールを巻く手が止まらない。自分の意志と関係なく、動いてる。

「何やってるんだ! 早く帰るぞ!」

 飛鳥が乱暴に鈴茄の手を叩くが、竿を放そうとしない。いや、手が開かない。

「鈴茄、どうしたの?」

「て、手が勝手に…!」

 リールを巻き続ける。

 鈴茄は自分の手を睨みつけていた。そこで萌々花が叫んだ。

「あ、アレ!」

 萌々花が指をさしているのは、釣り糸の先の海面。その下…海の中に、影が見える。

「人影だ…!」

 飛鳥が後ろに下がった。無理もない。この釣り竿にかかっているのは、それかもしれないから…。

「で、でも、事故は5年前でしょ? 未だに生存者がいるワケないじゃん!」

 萌々花が言う。当たり前だ。捜索だってとっくの昔に打ち切られた。

「じゃあこの竿にかかってるのは何なのよ!」

 叫んだ。すると糸を引く力が弱くなっていく。それでも手は止まらない。そして少しリールを巻くと、それは海面から姿を現した。

 青白い人が、糸を掴んでいる…。顔をこちらに向けて、口を動かした。

「タスケテクレ…」

「いやああああああ!」

 悲鳴を上げた時、手が言うことを聞いた。釣り竿を放して海に捨てると、萌々花と飛鳥を連れて、荷物を置いて一目散に逃げだした。

 近くのコンビニまで走った。走るのに必死で、誰も何も言わなかった。コンビニにつくと急いで店内に入った。しばらく店内にいて気を落ち着かせ、腕時計を確認した。

「6時…」

 店内の時計も6時だった。それを確認して外に出ると、空はすっかり晴れていた。

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