弐
あれは4年前の出来事。でも、本当のことかどうか、自分の目で見たはずなのに自信が持てない。
「おうしゅうふじわら? の、平泉の、金ぴかな寺…」
「中尊寺金色堂ね。受験の時覚えたわ」
「行きたかったのに…」
「しょうがないだろう? 私だって行きたかった。あれが無ければ、親から許可も金も出たはずだったんだ!」
大声で怒鳴り返したのは
「本当に残念。地震さえ来なければ、誰も何も言わなかったのに」
「放射能があーだこーだだろう? もう聞き飽きた。うんざりだよ」
本当はこの夏休みに、東北に旅行に行こうと計画を立てていた。春休みには免許を取るために合宿に行っていたから、その時には行けなかった。その合宿で計画を少しずつ立てていた。それが全部、無駄になった。
「アタシは沖縄本島から出るなって言われたよ。ちょっとオーバーじゃない?」
萌々花の親って厳しいらしい。
「そんなこと言うのなら、私は実家に帰ることすらできないな。実家にぐらい、帰りたいぞ」
飛鳥は鹿児島出身だ。確か出身校は鹿児島ラサールって言ってた。
「そういうことは今日は忘れて、釣りを楽しみましょう。そのために今日、桟橋に来たんだから!」
桟橋の先っちょに到達した。釣りの道具一式をカバンから出す。
「暑いねえ。今日は真夏日になるそうだ」
「確か天気はずっと晴れだって、ニュースで言ってた」
今、鈴茄はしまったと思った。二人は帽子をかぶっている。自分は、忘れてきた。腕時計で時間を確認すると午後二時を少し回ったところ。まだまだ暑くなりそうなのに、日焼け止めも塗って来なかった気がする…。
「さあ、さっそく始めよう。今日は私が一番最初に大物を釣り上げてやる!」
「あ、それ、アタシの台詞~」
いつも通りに釣りを始める。
もう2、3時間は経っただろうか。暑さを忘れて釣りに夢中になっている。
「また釣れたわ!」
急いでリールを巻く。
「また鈴茄か~。今日はずいぶんと調子がいいね」
「萌々花、そんな事言ってないで手伝ったらどうだ? 鈴茄は結構健闘してるみたいだぞ?」
「アタシは網しか手を貸してあげなーい。自力で釣り上げられないなら、釣ったことにならないでしょう?」
そんな議論しなくていいから少しでも手伝ってよ、って言いたいけど、言う余裕もないぐらいの大物。
水面に魚影が見えた。一気に釣り上げる。
「よし、やったわ! これで今日4匹目よ!」
魚はクーラーボックスに入れた。
「あ、そう言えばさ、ここら辺って、あのガリガリベアが沈んだところだっけ?」
萌々花が言い出した。
「何だいその痩せこけた熊のような名前は?」
萌々花は間違えて覚えているようだ。針に餌を付けながら話す。
「正しくはガンガリディア号よ。飛鳥は知らないんだろうけど、3年前に事故で沈んだ豪華客船のこと」
確かにこの海域の近くだったはずだ。当時、連日ニュースで紹介されていた。乗員乗客は全員死亡または行方不明。事故の原因は過労で、船長たちは1か月に休日がわずか2日しか与えられていなかったらしい。その旅行会社は事故の後、すぐに潰れた。そしてその後、ワールドカップが始まったので、誰も話題にしなかった。
「今スマホで検索してみたら出てきたぞ。この近くでそんなことがあったなんて知らなかったなあ。時刻は午後2時、天気は曇り。全員で379名…。もっと記事がある」
ルアーを海に投げ込んだ。
「曇りって言うと、今みたいな感じ?」
「え?」
萌々花の言葉に違和感を覚えた。そして反射的に顔を上げた。
「あれ、天気…。いつの間に雲が出てる…って今日は終日晴れじゃなかったの?」
萌々花が言っていたことで自分で確認していなかったが、今日の天気は晴れだったはずだ。飛鳥も真夏日になるって言っていた。なのに雲が出てきている。青空が見えない。そこまで暑くない。
「まあ天気予報が外れるなんてよくあることだろう? それより鈴茄の竿、また魚がかかったんじゃないのか?」
確かに握っている竿に、力を感じる。でもそっちに集中できないくらい、気になる。
「少しは曇っても、雨は降らないわよねぇ?」
鈴茄がそんな心配をするのは、辺りが暗くなってきたからだ。天気予報を信じたために、雨具の類は何も持ってきていない。
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