怪体心書

杜都醍醐

その一 糸にすがる

 午前中は曇っていたが、天気は回復した。今、窓の外に見えるのは、青い海と同じくらい青い空。

 せっかくレストランにいるのに、ジュース1杯しか頼んでいない。ここは待ち合わせ場所だからだ。だから首を横に振れば入り口をすぐに確認できる席に着いた。

「お、来た来た」

 三つ編みで、メガネをかけた女性が1人、入って来た。この人を待っていた。

「こんな場所に呼び出すなんて、何かあったのかしら? 社会人の忙しさを少しは考えなさいよ!」

 彼女の名前は剣持鈴茄けんもちすずな。大学生の時、同じ学科にいた。

「会社勤めだと2年目で自由がなくなるのかい? だとしたらすまんな。俺も祈裡も、そんな経験ないから」

「あんたたちはバイトもしてなかったから、絶対わからないでしょうね!」

「まあそうカッカしないで」

 そう言うと、ノートパソコンを開いた。

「そういえば要件をまだ聞いてないわ。話があるって言うから一応来てはみたけど、どんな話?」

 キーボードを打ちながら会話をする。タッチタイピングはできないので、画面とキーボードを交互に見る。

「ああ、話があるのは俺じゃなくて、君の方なんだ」

 それを聞いて鈴茄は、

「はあ?」

 ちょっと声のボリュームを上げた。

「正確には、君の話が聞きたいんだ。ほら、よく飲み会の席で話してたアレ」

 鈴茄は立ち上がった。

「バカバカしいわ! そんなことのためだけに私を呼び出したの? もう帰る!」

 歩き始めようとしたら、

「ちゃんと聞いてよ。今回のは俺の仕事なんだ。仕事で君の話が必要なんだ」

 と声をかけて止めた。すると鈴茄は席に着いた。

「…じゃあ、依頼料とか発生するの? 別にお金に困ってるわけじゃないけど」

 懐から封筒を取り出した。それをテーブルの上に置いた。

「詳しく教えてくれるなら、コレ」

 少し2人は黙っていた。自分は話を聞きたいと思っていた。鈴茄は、話すべきかどうか考えているのだろう。

「あの内容でいいんなら、話せるわ。でもあなたの知っている以上のことはもうないかも。それでいい?」

「いいよ。記事にするかは、俺の判断だ」

 天ヶ崎あまがさきひょうがそう言うと、鈴茄は話し始めた。

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