核があっての秘策と戦術

「ちょおっとぉ…! 悪質じゃない!?」


 大学祭2日目。俺は伊東の女装ミスコンを冷やかすためだけに大学に来ていた。せっかく来たのだからと宮林サンと一緒に少し学内を回ることになり、唐揚げ屋の看板娘は美弥子の許可を取って少し休憩でーすとオフモード。

 ミスコンは無事に(?)伊東の優勝で終わり、何か2位のインテリ美女風の人もMBCCから出ていた刺客だったとかでMBCCのワンツーフィニッシュ。伊東は狙っていた有名オーディオメーカーの機材カタログをゲットしてお役御免……かと思われた。


「いらっしゃいませー! 列の最後尾はこちらでーす! あっ、ごめんなさいカメラは勘弁してください!」


 何と、伊東は女装のままMBCCの焼きそばブースで売り子として働いていたのだ。その脇には2位だった彼(彼女?)もいて、それだけで人だかりが出来ている上に、ミスコン以降焼きそばの売り上げも鰻上り。ブースの前には長蛇の列が出来ていた。


「カズ、MBCCちょっとやりすぎじゃない?」

「言っとくけどな、俺は被害者だぞ」

「って言うかそのカッコしてるなら女の子を貫き通してよ。急に俺とか意味わかんないんだけど」

「キレるポイントがズレてるだろ完全に」

「それはともかく、MBCCやりすぎじゃない? この売り子2人は反則でしょ」

「しょーがねーだろ、ある物は使えが高ピー……もとい、緑大準ミスターのモットーだ」


 MBCCのブースには「焼きそば」という看板が掲げられていた。しかし、今では「緑大準ミスターとミスが焼く焼きそば」となっている。ブースの中では完全に屋台のあんちゃんスタイルの高崎が延々と焼きそばを焼き続けている。焼いても焼いても追いつかない状態だそうだ。

 女装ミスコンに引き続き、緑大のミスターコンテストというものが開催されていた。そこに本人の知らないうちに高崎がエントリーされていて、屋台のあんちゃんのままステージに引き摺り上げられたのだ。高崎のミスターコン出場は伊東の策略だったようだが、高崎はしっかりと準ミスターの座に輝いた。

 壇上での高崎はMBCCの宣伝に終始していた。何かを聞かれれば「情報棟前のブースで焼きそば焼いてます」と。ただ、ミーハーな観客はそれに湧くのだ。「一生懸命焼くんで食いに来てください。100円です」と言うだけで黄色い声が飛んでいたし、実際その効果が凄まじかったのだ。


「MBCCがそこに人だかりを作ってくれちゃうおかげで梅通りに人が来ないんですけど! ウチの売り上げが伸びない!」

「それを何とかするのがお前の手腕じゃないのか?」

「このクラスの売り子出されちゃお手上げ! GREENsの唐揚げは美味しいよ? でも300円からっていうのは学祭としては高いの! まだ値下げ戦法やる時間じゃないし。あーもう叫びたい。こんなに可愛いこの売り子さんには旦那がいるんですよって」


 この人が何を言わんとしたのか経験から一瞬で察した俺たちは、「やめろ」と同時に放っていた。それはもう、伊東の女装が意味をなさなくなるレベルのガチトーンだ。


「あ、そっか。公式が燃料を投下するとさらに尊さが増しちゃうもんね」

「浅浦、このテの慧梨夏の曲解っつーか歪曲はスルーが基本だぞ」

「知ってる。お前と同じ年月妄想され続けてれば嫌でも身に付く」


 と言うか、この場合は売り子の旦那の存在よりも、売り子の彼女の存在の方が周囲に与えるダメージは大きくないかと思う。いくら女っぽい見た目になったとは言え所詮中身は男なわけで。スキャンダルを打ち出すにしても内容は選ばないと。


「あーあ。高崎クンもすっかり人気者だねえ」

「言っても高ピーは男前だから、そりゃ老若男女問わず人気出るって」

「はー……でも高崎クンの本命の彼女。この現場にいるのかなあ。綺麗な子だったけど」

「ちょっ、慧梨夏お前それ。……ちょっといいか? もしかして何か見たのか?」

「カズには言うなって言われてるもん」

「高ピーが口止めする時点で全部察した。夜にでも聞かして、言わないし。つか怖くて言えないし」


 高崎の恋愛事情と思われる話が出た瞬間、伊東は売り子の仕事に戻って行った。真面目に仕事をして、この人から聞いたそのことを何とかして忘れよう忘れようとしているような感じ。テントの中では、相変わらず高崎が焼きそばを焼いている。

 俺たちが着いた列はじり、じりと少しずつ進んで行った。前の方ではインテリ風が紅ショウガはいるのかいらないのかを1人1人に聞いている。パック詰めや輪ゴムがけなどの作業は全部流れ作業。完全にシステム化していた。


「いらっしゃいませ。紅ショウガは添えますか?」

「欲しいです」

「下さい」

「ちょっと高崎クン! この売り子反則!」

「あ? 握手300円、写真500円とかにしてない分良心的だろ」

「あと、自ら看板になる!?」

「あ!? 俺は忙しいんだ、苦情なら後にしろ」

「あーそうですかー! 明日の仕込みの時にビール投げ込んでやる!」


 列について10分、ようやく受け取れた焼きそば。ソースの匂いが香ばしくて食欲をそそる。あれだけ怒っていた彼女も、一口食べればその顔が綻んでいる。女装の売り子や準ミスターという要素だけで飽きられないためには、確固たる味の焼きそばがあってこそ。

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