嵐の前も静けさはない

 とうとうこの日がやってきた。今日から星港市緑区にある青年自然の家で2泊3日のインターフェイス夏合宿が執り行われる。今日まで準備はしっかりしてきたつもりだけど、不安はまだまだ拭えない。

 合宿ではパート別の講習とインフォメーション・リクエスト番組講習、それから参加者同士の交流が行われる。そしてメインイベントが2日目夜と3日目の午前に行われるモニター会だ。

 事前に編成された6人の班で45分番組を作って来ている。それを参加者の面前で発表してモニターしてもらうという地獄のようなイベントだ。ちなみにモニター会は合宿参加者の他にもインターフェイスの人なら誰でも聞きに来ることが出来る。

 元々このインターフェイス夏合宿というのは、2年前まで行われていたスキー場DJという行事に向けた選抜試験としての意味合いが強かったそうだ。ここでのモニター会でスキー場に行ける行けないの合否が付けられるとか。

 対策委員の正式名称が「技術向上対策委員会」というのも、スキー場DJに向けて技術を向上するための企画を運営する組織であることに由来する。今では対外的な行事もファンフェスしかなく、各校の交流がメインになっているとは言え。


「みんな、受付を済ませてきたから準備をしよう」

「とりあえずどうする?」

「果林とヒロで会場にイスを並べてもらって、俺とツカサでゴティと啓子さんカーから荷物の運搬をしよう。運搬したら俺とゴティは機材セッティングするし、アナウンサー陣でその他必要なことの準備をしてもらえると」

「了解でーす」


 ちなみにつばめは最寄り駅に待機中だ。インターフェイスの面々はこの駅を集合場所にしてある。あらかじめ手配してあるタクシーに集合した人を片っ端から詰め込みこの青年自然の家に来てもらうという形。つばめの役割は、交通費の1000円を渡すこと。財布を握る会計の大事な仕事ですね。

 正直、超人的機動力かつ機材のセッティングが出来るつばめが今ここにいないのは作業スピード的に結構な痛手だ。だけど、お金の扱いに関しても俺たちの中ではつばめが一番なのだ。ここにいてもいなくても変わんないのはヒロだろうけど、ヒロに財布は預けられない。


「って言うか現地集合してくる人いないよね? 特に3年生」

「圭斗先輩と菜月先輩は現地集合されるそうだけど、それはもうつばめには言ってある」

「そう。それならいいけど」

「そっか、3年生は乗り物所有率が高いからそういうのがあるのか。えっ、伊東先輩は」

「いっちー先輩は現地集合出来ないと思う、バイクだと絶対迷子になるから」

「でも駅でプチ遅刻してつばめがキレるような気がする」

「さ、さすがのいっちー先輩でもここの駅では迷う要素ないだろうから……」

「いや、わかんねーよ? 駅でトイレ探して迷子になる人だぜ?」


 緑ヶ丘勢の言う伊東先輩像が何かおかしいんだけど、これはネタで言っているのかマジで言っているのか。プチ遅刻に関してはよく圭斗先輩が愚痴られているのを聞いているから知ってるけど、方向音痴だよなあ。


「え、伊東先輩ってそんなレベルのガチな方向音痴なのか?」

「いっちー先輩の方向音痴はガチ」

「悪いことは言わねーし、今からでもつばめにカズ先輩見つけたら即確保するよう伝えるべき」

「ええー……」


 着々と会場セッティングが進む中、俺のスマホに一着の通知。つばめだ。今からタクシーが動き出す、と。いよいよ合宿参加者たちが会場へやってくる。人が来る前に準備は済ませておきたい。

 すると、ミーティングルームの鉄の扉がキィ……と開き、そこからうっすらと覗かれる。タクシーは今動き出したばかり。一般参加者にしてはあまりに早すぎる。こちらを窺うのは誰かと思えば。


「みんな、おはよー」

「ダイさん! おはようございます!」

「今日からよろしくねー」

「こちらこそよろしくお願いします!」

「あっ、そういやロビーにもう圭斗と菜月来てたけど」

「ナ、ナンダッテー!? ちょっ、まだ準備が終わってないだと…!?」

「じゃあロビーで待機してもらっとくね。ついでだし、定例会議長にこれから集まる子たちをまとめさせとくよ」

「も、申し訳ございません……」


 講師のダイさんが来たときと同じようにまたキィ……と静かな音を立てて去っていけば、俺たちは急げ急げとピッチを上げるのだ。イスよし、書類よし、機材よーし。あと何かあったっけ。


「あっ! 野坂ホワイトボード!」

「いっけね! ホワイトボードどこだ!?」

「そこだけど、段差の上にあるから下ろすときにちょっと支えてくれると助かる」

「オッケ」

「行くよー、せーのっ」


 つばめからの最終通知はまだ来ない。これで今度こそ不備はないか。ああ、緊張してきた。そうだよな、今ではこれが対策委員最大のイベントなんだ。でも、なるようになるって開き直るしかないような気もしていて。


「あっ、野坂」

「今度はどうした」

「おやつ食べていい?」

「ったく紛らわしいな。食堂以外飲食出来ない体だから証拠は完璧に隠滅しろよ」

「はーい」

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