方針の転換点

「はー……しんど」

「今日は一段と酷かったな」


 緑ヶ丘で行われた夏合宿の班練習後、そのまま緑大のカフェテリアでLと班の今後について話し合うことにした。夏合宿まで1週間を切っているのにこれ以上何かを向上させられる気もせず、ただ耐えるだけになるのかと軽い絶望感さえ漂う。


「ミラ、大丈夫かな」

「大丈夫じゃないと思う」

「淡々と言うね」

「ミッツさんは実際には存在しない力や権威を振りかざして周りを威圧して、その上弱い相手しか責められないっていう典型的なパターンじゃんな」

「ですね」

「俺らはそういうのに対して「ふーんそうですか」って構えられるけど、ミラはそれを本当に受け止めちまうだろ。完全にトラウマ化してるしあの人の顔を見るだけでも軽い発作みたくなってるじゃんな。もうまともにやるのは厳しいかと」


 三井はペアを組んでいる青女のミラを叩きに叩いてボロクソに扱うことに終始していた。普通に考えれば、3年アナと1年ミキのペアなら3年がリードして1年生に教えるのが一般的だと思う。

 実際、他の班では3年は2年の補佐をしつつサポートしてくれてるらしい。1班ではカズさんがウチの1年の面倒を見てくれてるそうだし、4班ではなっちサンがペアの子の能力を引き出してるって言うし。7班でもシゲトラが雰囲気良くしてんだってね。

 だけど三井は何を教えるでもなくミラの一挙手一投足に文句を言い、自分を上げ、他人を下げ、このレベルで自分と組む資格などないと吐き捨てるなどなどやりたい放題。三井のクソ語録はこの2ヶ月ほどでアホほど溜まった。

 アタシは班の顔合わせをしたときに班の和を乱すようなことがあればそれが誰であろうと許さないと宣言したし、それを抜きにしても三井の言動が非常にクソだから毎回抗議はしてきたけれど、そうなると二言目には星ヶ丘が~なとと言ってくるのだ。アホかと。

 星ヶ丘だからラジオのことがわからない、興味がないなどと言われるのは心外だ。インターフェイスではともかく、アタシは向島エリアで一番デカいAMラジオ局でバイトをしているし、バイト代を貰って実際の番組のミキサーだって担当している。お前よか業界での実績ありますが? 的な。言わないけど。


「もうこれ以上あの人の相手はしない方がいい」

「それ、対策の会議でダイさんからも言われてんだわ」

「マジか」

「うん。でもさ、このまま調子乗らすの? ミラが酷い目に遭ってんのに」

「だからだよ。あの人はさ、自分が正しい、俺らが間違ってるって思い込んでるだろ。だから正しい自分が矯正しないと、みたいな義務感とか使命感? それがあの人の正義と言うか」

「アイツの正義なんてアタシからすれば制圧か征服のセイに偽りのギだよ」


 そういう腐った連中はいくらでもいる。ウチの放送部にだって日高とかいうクソみたいなヤツがのさばってる。部活でもインターフェイスでも、そういう連中が好き勝手して荒らし回っているのが許せない。都合が悪くなったら人の所為にして責任逃れするクセに。


「こないだミラと個別に練習してたんだよ。エージ召集して、カズ先輩に付き合ってもらってさ」

「あ、そういや言ってたね」

「残念なことだけど、あの人にとって俺たちミキサーは自分をより良く見せるための道具でしかないっていうのは確定してるし、自分より下と見なした相手が何を言っても聞く耳は持たないってカズ先輩も言ってたんだ」

「はー、こんなトコでもパートどうこうの話を聞くとは思わなかったね。ふざけんなよ」

「カズ先輩はあの人にはマルチでやらせて俺かつばめのトコでミラと交代でやってもらう風にすればって言ってたけど」

「視野に入れとくわ」


 アイツのミラへの態度を聞いてカズさんがガチ切れしてたという話でアタシもカチ切れそうだし、ミキサーを人として見れないならテメー1人でやってろよって強く思う。ミキサーにだって、ディレクターにだって意志はあるんだぞ。

 Lが開いてくれた個別練習ではミラも恐る恐るではあるものの、普通にミキサーに触れてたって言うんだから何かもう発作が起こる原因は明らかじゃんねって。自分からエージに「もう1回お願いします」って言えてたとかね。ペア練習じゃ見れないよマジで。マジで今からでも5人班にならないかな、エージにアイツの15分かぶせてさ。


「俺らはさ、あの人をどうこうするんじゃなくてミラのケアにシフトすべきだと思うんだ。と言うかあの人ネットの荒らしとかクソリプマンと一緒でシカトが一番効くタイプだろうし」

「一理ある。って言うか、アンタ意外にしっかり考えてんだね。見直した」

「どーも。まあ、考えざるを得ない立場だし、俺がしっかりしとけってカズ先輩からも釘刺されてんだ。つばめは対策で忙しいだろうし、班のことは俺も見てるから。今後は必要以上にバトらない方向で行くことは確認しとこう」

「でも、よっぽどアレだったら抗議はするよ」

「それは任せる」

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