受け継がれる荒療治

「うう、緊張するんだ」

「大丈夫だよホッシー」


 今日は夏合宿に向けた班の全体練習。アタシが班長を勤める1班は、今のところ至極順調に進んでいた。合宿まであと1週間ということで通し練習をしてみようとカズ先輩から提案があって、その準備をしているのだけど。

 いざやろうとすると、マイクの前に座ったホッシーがガタガタと震え始めたのだ。大丈夫大丈夫とカズ先輩が緊張を解してくれようとしているのだけど、ホッシーは緊張するんだ、ダメなんだとその震えを大きくしていて。


「うーん、ちょっと合間置こうか」

「ホッシー大丈夫? 息吸える?」

「息は出来ますなんだ。Kちゃん先輩すみません」

「ペア練習の時は出来てたんだけどなあ。でもみんなの前でマイクの前に座るの初めてだもんね、そりゃ緊張もするか」


 ホッシーこと星野煌輝は星ヶ丘から出てきているアナウンサーの1年生。ホッシーというDJネームは顔合わせの時にカズ先輩がサッと付けてくれた。星ヶ丘ということでラジオに関わることも初めてだけど、そこはペアのカズ先輩が優しくリードしてくれて形になっている。

 カズ先輩によればペア練習の時は声も出ていたし楽しそうにトークをしていて本当に良かったそうだけど、いざみんなでやりましょうとなった途端にこうなってしまった、と。でも、確かにみんなの前でやるとなったら緊張するのもわかるし、みんなも理解を示している。


「ハナちゃんは緊張しないんだ?」

「ハナはねー、昨日地獄を見ました。なのでもう何があっても大丈夫です、しょぼーん」

「昨日の練習は本当に厳しかったもんね。血も涙もないとはあのことだよ。ハナちゃん、ドンマイ」

「どんな練習してたんだ?」

「MBCCの1年生を対象にしたインフォメーション練習っていうのがあって、高崎先輩の扱きが本当に鬼畜だったってだけの話で」

「うう、さすが緑ヶ丘なんだ」

「ホッシーも荒療治してみたら?」

「嫌なんだ」


 高崎先輩の扱きとかいう本格的な練習は確かに地獄と言えるかもしれない。それを乗り越えたおハナの面構えはまるで歴戦の勇士のようであった――とかいう冗談はともかく、ホッシーの緊張はどうしたら解れるのかっていう話ね。ホッシーは次々にそれを聞いて回っている。


「奈々は緊張しないんだ?」

「好きな人に告白する前くらいかなーッ」

「乙女なんだ!」

「テル先輩は緊張しないですか?」

「割とずっとしてるけど、大学入って一番緊張したのはバイトの面接かな」

「俺さ、バイトは腐れ縁の紹介でスパッと決まったからそれらしい面接ってしてないんだけど、どんな面接だったの?」

「大学の情報センターだったんですけど、受付の人が怖くて面接まで行けなかったんです。逃げて帰ってきました」

「大学の施設なのにそんな怖い人がいるの?」

「いやーKちゃん、大学の施設だからこそじゃない? 教務課とかあからさまにやる気ない奴いたりするし」


 みんなそれなりに緊張を乗り越えたとか、緊張を抱えながらも何とかやっているという話が盛り上がりを見せる。テルのバイトの面接に行く前に逃げ帰ってきたというエピソードでは、ハナナナがさすがにそれはないと笑っている。「話盛ってるんじゃなくて?」と。

 アタシの緊張にまつわるエピソードはABCの闇に関わる話だからあまり大っぴらには話せない。だからステージでも他の時でもそうそう緊張することはないかなと話したら、不思議と納得されてしまったのでアタシはどういう扱いなのかと。でも何だかんだこういうのは慣れだしとまとめる他にない。


「カズ先輩は緊張しますか?」

「緊張? 昔はよくしてたなー。ミキサーに関しては俺もハナちゃんと一緒でさ、先輩にみーっちり扱かれて緊張するどころじゃなくなったし」

「じゃあプライベートではどうですかー?」

「気になりますッ! 彼女さんとの話をぜひッ!」

「えっ、その話するの確定なの? 半同棲って言われるレベルだし今更緊張するようなこともそうそうないけど」

「えーッ!」

「しょぼんですよー!」

「きっと次に彼女さんの関係でカズ先輩が緊張するとすればプロポーズなんだ!」

「キャーッ!」

「ちょっ、ホッシーそれブッコむか!? うっわ恥ずかし」


 当然アタシもこういう話題は嫌いじゃない、むしろ好きな方なのでしっかりと聞いているのだけど、きゃっきゃと盛り上がる1年生に焦るカズ先輩の様子からするとこれは恐らく図星なんだろうなーと。


「よーしホッシー、俺も恥ずかしいやら緊張したやらでメンタル的にはどっこいどっこいだから、マイクの前に座ろうか。十分間は開けたしね」

「えー! なんだ!」

「やーいホッシー、母の顔をしたカズ先輩も十分ドSなんですよ、しょぼーん!」

「アナウンサーも実践で育ててみよう、そうしよう。ほらホッシー座った座った」


 あっこれ完全にプロポーズイジリが火を付けた感じですね。でも、この荒療治でホッシーが壁をひとつ乗り越えたというのはまた別の話。

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