踊る恋のメロディー

「ふんふんふふーん」

「あら菅野、ご機嫌ね」

「あっ、宇部。ま、まあな~。ふんふんふふーん」


 私に声をかけられるなり、菅野は逃げるようにブースに消えた。あまりにそそくさとしていたものだから、怪しさしかない。これでは何か私に知れると都合の悪いことがあると自白しているようなもの。何か企てているのかしら。


「ふんふんふふーん」

「あら浦和さん、おはよう。ご機嫌ね」

「あっ、宇部さんおはようございます! ふんふんふふーん」

「本当に楽しそうね」

「そうです? 普通ですよ?」


 まるで、すぐそこまで一緒にいたけど一応別々に来た体で行きましょうと打ち合わせたかのようね。ご機嫌な2人が歌っているのが同じ曲だもの。いくらなんでもわかりやすすぎるわ。それにしても、随分と仲良くなったものね。


「何かいいことがあったのかしら」

「あっ、えっと、えとその、ですね?」

「言いにくいなら無理には聞かないけれど、部活動中は集中しなさいね」

「はいです! もちろんです!」

「ところで浦和さん、悪いけれどおつかいを頼まれてくれるかしら」

「はいです! 何をすればいいですか!」

「購買でシャチハタの朱肉とホチキスの芯、それから10枚束のクリアファイルを買ってきてほしいの。お金はこれを使ってくれる? 忘れずにレシートをもらってきてちょうだいね」

「シャチハタの朱肉とホチキスの芯とクリアファイルですね! わかりました!」

「それと、菅野班に書類を届けてもらえないかしら」

「菅野さんに渡せばいいですか?」

「菅野はまだだったと思うけど、菅野がいるはずだから。お願いね」

「わ、わかりましたですよ。行って来るです」


 本当に大丈夫かしら、どこか心配になるような雰囲気ね。どこか上の空と言うか。菅野の名前を出したら目が泳ぐし。少し心配になって、バレない程度に覗き込む。菅野班のブースの前で「失礼しまーす」と浦和さんの声がすれば、中からははーいと返事がする。


「何だ、茉莉奈。どうした?」

「えっと、宇部さんからのおつかい」

「サンキュ。スガに渡しとけばいいんだな」

「そゆこと」

「茉莉奈」

「……うん」


 ……あなたたち、そこはパーテーションで仕切られただけのブースなんだからそういうことは一応やめておきなさいね。

 お手本のようなライトキス。この2人、付き合い始めてたのね。ここまでわかりやすいと何かしら、人の恋愛模様に口を出す気は毛頭ないのだけど、こそこそするよりいっそ堂々としていてもらった方が有り難いわ。こちらも変に気を遣わなくて済むし。

 きっと今が付き合い始めで一番楽しい頃なのよね。部活に支障が出ない程度で済ませてくれるのならいいけれど。あまり私も口煩く言いたくないし。その辺は菅野が節度を持ってくれるのに期待したいところね。


「じゃあね太一、私まだおつかい残ってるからまた後でね」

「いってら」


 浦和さんがミーティングルームから出たのを確認して、今度は私が菅野班のブースを覗き込む。私の気配に気付いたのか、菅野はとてもオーバーに驚いた様子。疚しいことがありますと言っているようなものじゃないの。


「うわっ! 宇部、いたのか!」

「いたわよ。馬鹿ね、変な気なんて遣わなくていいのに」

「もしかして、バレました?」

「あなたたちが分かりやす過ぎるのよ。人の恋愛にどうこう言うつもりはないけど、あまりどこででも乳繰り合うのはお勧めしないわよ」

「すんません、ちょっと前から茉莉奈と付き合ってます」

「私の許可は要らないのよ」

「いや、でも、一応」

「別に私はあなたたちを別れさせないし、交際を許さないと言うつもりもないわ。あまり浮ついて集中力だけ切らさないでもらえればいいのよ」

「はい、努力します」


 放送部では部内恋愛自体はよくあること。そりゃあ、60人近くもいれば部内カップルなんてそうそう珍しくない。現に、菅野だって須賀さんと付き合っているワケだし、1年生もきっとこれから恋の季節を迎えるでしょう。

 だけど、必ずしもそれが歓迎されないこともあると私は身をもって知っている。部にとって都合の悪いカップルが生まれれば、部の幹部が圧力をかけて別れさせるということもある。最も直近の事例は、2年前に。


「尤も、あなたの場合は創作への糧になるわね。情熱的な愛の曲が出来たりするのかしらね、楽しみだわ」

「出来たとしても安売りはしねーよ、恥ずかしい」

「ところで、あなたが今さっきブース内でしていたことの一部始終は菅野に報告しておけばいいかしら、風紀の乱れは未然に防ぐようにと」

「ああああすんませんっした!」

「冗談よ」

「お前が言うと冗談に聞こえねーんだよぉ~!」

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