Hell jungle live broadcast

 さて、MMPでは新入生の歓迎会という飲み会を6月のこの時期に開催することになっているんだよ。それというのも、ファンフェスや初心者講習会が終わって落ち着いたのと、新入生が入るのもこれくらいまでだろうねという経験則だよ。

 MMPというサークルは酒豪ゾーンと呼ばれる緑ヶ丘とは比べものにならないくらいの下戸集団で、飲み会とは言っても「お酒のある食事会」というのが適するレベルのささやかな会だよね、一角を除いては。


「ノサカー、カルピスのむー」

「はいどうぞ」

「こえじゃないー、そっちー」

「ええと、これはカルピスサワーですよ…?」

「そっちがいーいー、かしてー」


 言っても僕たちは下戸集団。僕はMMP比だと強い方だけど、悪酔いをする連中も少なからずいるワケで。とっくの昔に屍になった三井にしてもそうだ。奴は昔星大さんに遊びに行ったときに酒入りのチョコを食べて酔っぱらったという伝説もある。

 神崎もいい具合に出来上がりつつあるし、MMP比で強いりっちゃんとヒロはまあ心配してないにしてもだ。問題は、見るからにバカップルっぽい雰囲気でいちゃいちゃしている菜月さんと野坂だ。

 と言うか菜月さんだね。菜月さんもなかなかお酒は弱い方だけど、大好きで。昔よりはマシになったとは言えまだまだ酒癖は酷い。ただ、それを知っているので僕たちは彼女の対処を野坂に投げる。一言で応援するなら「野坂生きろ」というそれに尽きる。


「乙女な菜月先輩かわいいっす! きゅんきゅんッ」

「奈々、可愛いものじゃないんだよ。今はまだカップルのように見えるけど」

「やァー、野坂には生き地獄スわァー」

「腕の位置などがアレだね」


 野坂の左腕は菜月さんに取られて身動きが取れなくなっている。彼女は野坂の左腕を軸に体育座りをしているのだけど、言ってしまえば胸と太股でしっかり挟み込まれた左腕と、一歩間違えれば大事なところに触れてしまいそうな左手だ。

 僕は野坂がこれ以上ない理性の男だと知っているからこの状況を生温かく応援しているのだけど、片想いをしている相手からそうされるとはそれこそりっちゃんの言う「生き地獄」以外にないだろう。僕が片想いの相手に同じことをされたら部屋まで送って愛を確かめます。

 時折、野坂から「たしゅけてー」という目線が送られていることにも当然気付いているけれど、関わると何が飛んでくるかわからないんだよなあ。菜月さんの前科が怖すぎてね。彼女には投擲の癖があるからね、出来れば物理的に距離を取りたい。


「圭斗先輩」

「どうしたんだいりっちゃん」

「この状態の菜月先輩を1人で部屋に帰すンすか」

「……ぼっ、僕たちには生贄がいるじゃないかー!」

「そっスねー!」

「あっ、あのっ圭斗先輩りっちゃん先輩ッ…! 生贄ってもしかして」

「ん、奈々のお察しの通りでいいと思うよ」

「そースね」

「きゃーッ! 少女漫画っすかティーンズラブっすか!」

「そんなオイシイシチュエーションでティーンズラブどころか少女漫画レベルのこともしないのが野坂なんだよ、奈々」

「理性の男っすね! うちのミーちゃんだったら絶対酔った振りして雄平さんを誘い込んで襲うくらいのことはやるっす」


 奈々のお姉さんの事情のことも今日の野坂の悲壮感の話ついでに然るべきところに報告するとして、そんなことをやっている間にもラストオーダーの時間になっていたし、コースのデザートが出てきていたよね。バニラアイスかチョコレートアイスか。


「菜月先輩、アイスが来ましたよ」

「たべるー。あーん」

「はい、あーん。美味しいですか?」

「うまー」


 アイスが来ても体勢が変わらないんだもんなあ。うっすら上気した頬に潤んだ瞳、それでいて上目遣いでのあーんだろ? 野坂生きろ…! 結論を言えば、そんなことをナチュラルにやらかす女に惚れたお前が悪い!


「あーんですよ圭斗先輩ッ! アイスをうまうましてる菜月先輩マジかわいいっす! 神っす、天使っす! この菜月先輩のかわいさで1年はきゃっきゃ出来ますッ!」

「僕からすれば野坂が気の毒でならないね」

「同感スわ」


 野坂からしてもこの菜月さんのかわいさで1年はきゃっきゃ出来るんだろうけど、この菜月さんの誘惑で1年は悶々とすることになるだろうからね、やっぱり気の毒だね。と言うかいつまでも片想いで満足してないでさっさと決めちまえばいいのに。

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