始まりは白い壁から
「サドニナオンステージ、はっじまっるよー!」
コンクリート打ちっぱなしの駐車場を抜けて、一際奥まったところにあるのが部活・サークル棟。鍵はダイヤル式の南京錠で開け閉めするという何ともノスタルジックな仕組み。その中にあるのが、青葉女学園大学の放送サークル・ABCの部屋。
青葉女学園大学は向島エリアの中心となる星港市の郊外にある。名前の通りの女子大で、男子禁制、女の園。大学の近くには植物園や動物園があって、ちょっと買い物やお茶をするにもいい街並み。難点は地下鉄の駅から歩くには上り坂がキツいってトコかな。
サークル室に入ると、最近入った1年生の佐渡仁那、略してサドニナがボーカロイド楽曲の歌なし版をBGMに歌って踊っていた。サドニナは歌って踊れるアイドル声優を目指しているらしく、ステージイベントもラジオも自分のためのステージ、練習場所だと意気込んでいる。
一方、これに苦虫を噛み潰したような顔をしているのが2年生の相馬啓子、あだ名はKちゃん。Kちゃんは来月にある植物園ステージのための台本を書いている真っ最中。そんな中でサドニナが歌ってるからイライラしてるみたい。
「おはよう」
「紗希先輩、おっはよーござい、まーっす!」
「あーもうアンタはさっきからウルサイ!」
「Kちゃん先輩、サドニナが可愛いからって僻まないでくださいー」
「直クン、ヒビキは?」
「見学に来たいっていう子と待ち合わせして来るみたいです」
現在ABCは3年生が4人と2年生が3人、それから1年生はサドニナが入って8人なのかな。誰が部長で、みたいな役職は特に決めてなかったけど、アタシはヒビキなのかなって思ってる。えっ、ヒビキでいいよね?
そしてアタシ、福島紗希は3年生唯一のミキサーとして下の子たちに機材に関することを教えたりしている。って言っても下には直クンこと宮崎直しかまだいないんだけど。直クンは中性的な風貌から女子大の王子様ポジションで人気がある。
「で、ここがABCの部屋ね」
「わー、お邪魔しまーす」
「邪魔すんなら帰ってやー」
「コラ、サドニナ!」
「こんにちは。見学の子?」
「そうですー」
1年生を引き連れてやってきたのが、ピンク系茶髪でズバッとした性格のヒビキこと加賀郷音。そして、その後ろには頭に羽飾りやシンプルな草かんむりを付けて、肩くらいまでの茶髪をゆるくふたつに結んだ子。ロハス系か森ガールって感じ。
「紗希ー、アタシお腹空いたから問診やっといてー」
「ヒビキ、自分が連れてきたんだから最後まで責任持ってよ。えっと、ヒビキがごめんね。アタシは心理3年の福島紗希。お名前は」
「生活科学部の上野美雪です」
「あっ、生活なんだ。ABCにも生活の子いるよー。えっと、美雪ちゃんは何に興味持ったのかな」
「何って言うか、イベントとかが楽しそうだなーって思いました」
「ABCっていうのは――」
植物園や大学祭でステージをやったり、所属している向島インターフェイス放送委員会の活動の一環でファンタジックフェスタのDJブースに参加したりしてるサークルで、割合としてはステージ6にラジオ4くらい。
インターフェイスの活動で他校の人と交流することもまあまああるし、緑ヶ丘さんや向島さん程とまでは言わないけどそこそこ重要な役割を担うこともある。実際にヒビキはインターフェイス定例会の三役だったりするし。
「えっ、ヒビキ先輩ってそんなに凄い人だったんですか!?」
「うん、玉の輿のことばっかり考えてるし今もじゃがりこ食べてるけど、実はインターフェイスで3番目に偉い人だよ」
「言うほどアタシ何もしてないけどね」
「ところで、美雪ちゃんはABCで何がやりたいとかある? 喋る方とか機材の方とか」
「どっちかって言うと喋る方がいいです」
「えー!? サドニナとカブってるんですけどー!」
「えっと、カブらない方がいいんですか」
「大丈夫だよ。って言うかパートは2つしかないからね」
「じゃあ喋る方がいいです。でも、具体的にどんな感じなんですか?」
「紗希先輩、サドニナもよくわかってません!」
「それならさ紗希、去年のステージの映像見せたら? どっかその辺にDVDあるっしょ?」
そう言えばサドニナにも見せてなかったなあと思って、去年の映像を掘り起こす。じゃがりこをザクザク食べ進めながらではあるけど、いいことを言うのがヒビキなんだよね。まあ、言うだけ言って投げっぱなしなのもヒビキなんだけど。
「わー、着ぐるみがいる!」
「ちなみにこのパンダの中身は直クンだよ」
「こんなステージならサドニナが映える~、楽しみ~」
「別にアンタのステージではないけどね」
「Kちゃん先輩、サドニナが可愛いって早く認めてくださいよ」
何はともあれ、今年のABCも動き始めた。残る3年生2人の帰る場所と新しく来てくれた子たちを守りつつ、ここをより良い場所にしていかなきゃいけない。もうこの場所で血は見たくない。
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