オオカミだって怖くない!

 大学構内を歩いていると、並木道にはたくさんの人が机を並べてブースを作っていた。これは、部活やサークルの勧誘活動なんだそうだ。実際、少し歩いただけでも星に興味ありませんかとか、鉄道に興味ありませんかとかって声を掛けられる。

 少しだけ話を聞いてみたりもしたけど、そのサークルの何が良くて何が良くないのかの判別はなかなか難しい。バイトはもう情報センターで決まったのに、こっちは苦戦しそうだ。大学と言えばサークルみたいなイメージはあるし、どこか、いいところがあれば入りたい。

 情報センターで春山さんと林原さんにサークルについて聞いてみたけど、林原さんはサークルに入ってないみたいだったし、春山さんに至っては興味があって入ったジャズ研究会も方向性の違いですぐ行かなくなったそうだ。参考になりませんでしたよね。


「わ、わっ!」


 きょろきょろしながら歩いていたからか、前にいた人にどすんってぶつかってしまった。鼻を思いっきりぶつけちゃったし、眼鏡、眼鏡がどっか行っちゃった。もー、俺のバカー。


「わっ、ごめん。大丈夫? はい、メガネ。壊れてない?」

「わーっ、ありがとうございますー。大丈夫みたいですー」


 グレーのスウェットを着た男の人から眼鏡を受け取って、ぺこりと挨拶をする。顔を見るのにその人を見上げていると、跳ねてる髪が俺とそっくりだなーってふと思う。背も高いし体はがっちりしてる。スウェットはスポーツブランドの物っぽいから、何か運動をやってる人なのかな。


「ところで、1年生?」

「あっ、そうですー」

「サークルとかってもう決めた?」

「まだですー」

「えっと、良かったらこれも何かの縁だしうちのサークルのブースで聞いてってみない? 時間がないなら強制はしないけど」

「あ、えーと、何のサークルですか?」

「放送だね。ラジオみたいなことをやってるんだー」


 興味があるかないかと言えばあまりなかったけど、これも何かの縁だしスウェットの先輩について行ってみる。ブースに着いて、言われるがままにパイプ椅子に座るとその先輩が向かいに座って、サークルのビラを手渡してくれる。

 放送サークルUHBCはラジオ番組を制作するサークルで、他校との交流も盛んに行っている。みんなほぼ素人からのスタートだし指導は親切で、雰囲気のいいサークルです。というようなことが書かれている。


「俺はUHBC娯楽班班長の大石千景。情報文化科学部の3年だよ。パートはプロデューサーでー」

「えっと、理工建築の川北碧です」

「あっ、大石先輩1年生の子来てくれてるんですね」

「あ、うん。事故絡みだけど」

「事故?」

「ううん、こっちの話。あ、川北くん、今来たこの子が2年生のミキサー、機材を担当してくれてる羽咋信輝。テルっていうんだ」

「こんにちはー」


 何だろう、情報センターの先輩たちが殺伐としているから大石先輩と羽咋先輩が喋ってるこの雰囲気がほわほわーってしてて癒されると言うか。特に大石先輩なんて絶対根っこから優しい人だろうし。


「川北くんて1人暮らし?」

「あっはいそうですー。長篠から出て来てて」

「バイトとかってもう始めた?」

「えっと、学内の情報センターで始めました」

「ひっ…!」


 情報センターという単語を出した瞬間、羽咋先輩の体が硬直して、ガタガタと震えだしてしまった。これにはさすがに大石先輩がフォローを入れてくれる。どうやら羽咋先輩には情報センター絡みで苦い経験があるとかで。


「テルも去年情報センターでバイトをしようと思って面談に行ったらしいんだけど、受付の人が怖かったみたくて逃げ帰って来ちゃって」

「いや、大石先輩、情報センターって本当に怖いんですよ…! 情文ならセンター行くこともありますよね!?」


 思い当たる節があるようなないような。春山さんと林原さんから聞いた話によれば、去年は面談をする前に申し込んで来ていた人が逃げ帰ってしまったから今年の入所試験が度胸試しのような形になったと。

 その時のことを思い出してガタガタ震えている羽咋先輩が紛れもなくその面談をする前に逃げ帰ってしまった人なんだなあ。いや、俺も正直最初は怖かったし逃げたくなる気持ちはわからないでもないんだけど。


「テル、そんなに怯えなくても平気だよ。あ、ごめんね川北くん」

「あ、いえー……気持ちは察しましたんでー」

「あ、もうすぐ授業始まっちゃうね。あんまりロクな話も出来なかったし」

「いえ、楽しかったです! 大石先輩は優しかったですし」

「それならいいんだけど」

「えっと、サークルっていつやってますか? ちょっと見に行ってみたいんですけど」


 活動内容は見てみてだけど、人が良ければそこにいられるとは思うから1回見に行ってみるくらいはしてもいいかもしれない。まずは第一歩。センターにだって踏み込めたんだから、後は何も怖くない!

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