春の流儀と2人部屋

「ただいまー」


 ――と、玄関のドアを開けたらまずは服をパタパタと払って、髪についてるであろう埃やチリもパタパタと。さらには服の上からコロコロをかけてバッチリ、と言う前に床の上をクイックルワイパーで掃除しておく。これが春の帰宅の流儀。

 部屋の奥の方からおかえりーという声がするから、今日はまだコンディションがいいのかもしれない。もちろん、部屋の中では空気清浄機が動いているし、いくら気持ちのいい陽気だろうと窓なんて開けちゃいけない。


「カズ、体大丈夫?」

「今日は外出てないしそんなに」

「なら良かったけど」

「は、は……へくしっ」

「はいティッシュ」

「サンキュ」


 ただいまーとうちが帰って来たのは自分の部屋じゃなくて付き合っている彼氏の部屋。うち、宮林慧梨夏と彼氏のカズは高校1年の時から付き合ってるんだけど、2人とも大学に入って1人暮らしを始めたから互いの家を行ったり来たり。

 カズは重度の花粉症で、春になるととことん部屋に閉じこもりっきりになる。だから買い物とかもうちの担当になってて。カズの足は大型のバイクなんだけど、花粉が飛んでる間はそれも控えめにしてるよね。


「とりあえずこれが頼まれてたヨーグルトとレンコンで、あと保湿ティッシュね」

「夕飯の材料になりそうなモンはある?」

「本当に適当にだけど買って来てみた。でも、うちじゃよくわかんないからカズが上手く使ってくれることに期待して」

「まあ、その辺は任せてもらって大丈夫。今日はまだ元気だから」


 カズの花粉症がどのくらい酷いかというと、日によってはそれで倦怠感があったり熱が出たりして寝込むくらい。大きなくしゃみを飛ばして鼻水かんでるくらいならまだマシな方で。だけど本人は病院にも行かないしマスクもメガネもしないから。

 カズはMBCCっていう放送サークルに入ってるんだけど、高崎クンからもカズが使い物にならなくてサークルの運営にも支障が出てるって苦情をもらったよね。うちに言われても困るんだけど。ちなみに、うちらと高崎クンは高校の同級生。


「えっと、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ。まあ、この辺は基本だな。それから、バナナ」

「うちがバナナヨーグルトを食べたくなって。あっ、ヨーグルトいっぱい買って来たから大丈夫、カズのには手出さない」

「え、いいじゃんバナナヨーグルト。俺も食いたい」

「じゃあ一緒に食べよ」

「後で作るわ。えっと、それから?」


 うちが料理音痴だからご飯を作ったりするのは基本的にカズの担当。厳密には、家事全般カズの担当。いつの間にかこだわるようになっちゃってたんだよね。今も、うちの買い物を確認しながらこれならこれと組み合わせて何が出来るかなーって考えてる。


「カズが買い物に出れないのをいいことに冷凍食品買って来たよ。もう冷凍庫に入れちゃったけど」

「サンキュ。やっぱ冷凍食品は慧梨夏だわ」

「しょうがないよね、カズは何回道に迷って溶かしたか」


 ミックスベジタブルとか枝豆とか。そういう冷凍食品でストックしてあると便利だなーって物もしっかりと常備してある。だけど、カズは方向音痴だから冷凍食品を買ってもダメにしちゃうことが多いんだよね。だから冷凍食品は基本的にうちの担当。

 1人暮らしの名を借りた実質的半同棲も3年目。互いのルールである「趣味には過度に干渉しない」を守りつつ、どちらかの部屋で一緒にいる時間と生活がとても幸せ。趣味に干渉しないっていうのは本当に大事なルールですよ。


「でもさーカズ、大学の保健センターでも花粉症は診てくれるみたいだし、1回行ってみたらいいと思うんだよね」

「保健センターって健康診断の時しか行かないし、マジで大丈夫なのか? ちゃんとした病院ではないじゃんな」

「整形外科と内科は普通の病院と同じように診てくれるんだよちゃんと。うちも足で割とお世話になってるし、花粉症もその一環でしょ?」

「でもな~、病院はな~」

「市販の薬合わなくて結局ぐずぐずになるんだから病院に行ったらいいのに」

「外に出られるようになったら考える」

「もー、それ行かないと同じじゃん!」


 でも、本当は夏秋冬はうちの面倒を見てくれるカズが春にはぐずぐずになってうちに甘えて来るのがかわいいだなんていうのは内緒なんだけどね。でも、それを抜きにしても本当にしんどそうだから病院には行ってほしいんだけど。

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