夢と希望より知りたい現実
私立緑ヶ丘大学に入学して3日になる。地元の紅社エリアから東に500キロほど離れた向島エリアでの生活、初めての一人暮らし。マンションから大学までは電車とバスを乗り継いで45分。マンションの立地は、生活のしやすさを重視した結果。
今日は学科のガイダンスという物が開かれている。社会学部ではどんな勉強をして、どんな施設があってというのを学籍番号で区切られた班ごとに見聞きして回るのだ。一番興味があったのは、センタービルのど真ん中にある佐藤ゼミのラジオブース。
そこでは、ゼミ生の人が実際にラジオのデモンストレーションをやっていた。佐藤ゼミは社会学部の花形ゼミで、メディアの実践学習からサブカルチャーのことまで幅広く扱っているとのこと。そして、赤いスタッフジャンパーを着た女の人が小さなビラを配っていて。
「――というワケで来ました」
「やっぱ使える物は使えだな。ヒゲゼミならMBCCに興味ありそうな層が釣れる率も上がる」
「ですよねー。まあ、ホントはやっちゃダメなんですけど、知ったこっちゃないですよねー」
そのビラというのが、放送サークルMBCCのもの。さっそく俺はガイダンスが終わった足でサークル室に行くと、3人の先輩たちにお出迎えされ、身の上に関する簡単な質問の後にサークルに入ることを即決した。
先輩たちが言うには、本来は仮入部じゃないけど体験期間として3回ほど来てみて、合わなければそのままフェードアウトすることも一向に構わないそうだ。だけど、俺はあのガラス張りのブースで見たああいうことがやりたいと思ってこの部屋にきたワケだし、考えるまでもなく。
俺にビラをくれた赤いジャンパーの……今は黄色いジャージの千葉果林先輩は、MBCCで佐藤ゼミ在籍という典型的なメディア系の学生なんだそうだ。ただ、果林先輩はアナウンサーということもあって佐藤先生からの扱いはそこまで良くないとか。
「あっ。高ピー、俺ちょっと飲み物買いに行って来るねー」
「おう。あ、俺のコーヒーも頼む」
「はーい」
「ところでタカちゃんはさ、将来的に佐藤ゼミに入りたいって考えてるの?」
ちなみに、俺は果林先輩から早々にタカちゃんと呼ばれている。高木隆志という名前は上で取っても下で取ってもタカちゃんで問題ないでしょ、と。ちなみに、サークルネーム的なものも機材部長の伊東先輩に付けてもらった。タカティという名前だ。
「今日見た感じではそうですね」
「で、MBCCでのパートは」
「ミキサー志望です」
「やったー! これで1年我慢すればアタシがアイツにネチネチ絡まれることもなくなるー! やったー!」
「果林、入学したばっかで夢と希望に満ち溢れた1年に初っ端から現実を突きつけてどうする。妙に現実を知ってヒゲゼミに入らなくなったらどうするんだ」
「あっ、そうだ。佐藤先生ハ学術的ニハスゴイ先生デスヨー」
実は、佐藤先生はMBCCの顧問ということになっているそうだ。大学公認サークルは規則で顧問を置かなくてはならない。そこで、活動には関わらないけど領域の近い佐藤先生の名前を借りているのだ。ゼミで使わなくなった機材なんかもお下がりでもらうらしい。
ゼミでラジオをやることもあって先生はゼミに1人はMBCCの人がいるといいなあと常々言っている。だけど、現在佐藤ゼミにいるMBCCの人はアナウンサーの果林先輩ただ1人。MBCCはMBCCでも先生が求めているのは機材を扱えるミキサーなのだ。
「よほどのことがない限り希望は変えないので、むしろ現実を知っていた方が」
「まあ、何だ、大学教授なんざ基本的にマニアか変態のなる職業だが、ヒゲはまず学術じゃなくて性的に変態だ」
「そっちですか」
「巨乳好きなんだろうね。アタシなんて断崖絶壁で色気がないって顔見る度に言われるし」
「それはちょっと」
「ヒゲのセクハラが原因で毎年最低1人はゼミを辞めてるからな」
「そうなんですね」
「直近の事例だと「そんだけいい体してんなら彼氏も満足だろうしいつもお楽しみなんでしょ、私の相手もしてくれればいいのに」だな。」
「うわっ、引くどころじゃない!」
「うわあ」
「あ。果林、高木、今の件伊東には」
高崎先輩が人差し指を唇の前で真っ直ぐに立て、オフレコとか伏せておくようにということを伝える。この調子だと、佐藤ゼミはなかなか闇が深そうだ。ただ、俺は男だしセクハラに遭うこともないだろう。
「まあ、何にせよ高木がMBCCに入ることが決まったっつーことで」
「おめでたいですね! タカちゃんようこそMBCCへ!」
「ありがとうございます」
「で、お前、酒はイケる口か?」
「はい?」
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