False spring breeze
「菜月先輩、あれはどうですか」
「どれだ」
「あの、パステルピンクのカーディガンを羽織った。パステルですよ、色からしてもう春って感じじゃないですか」
「ノサカ、お前は何を見てるんだ。あれはどこからどう見たって近い将来化けの皮が剥がれる。目元がすでにバシバシだし、足下だって派手じゃないか。あれは初日の様子見で無難なカーディガンを羽織ってきただけのエセ春風だ」
4月2日、公立向島大学では新入生に対する各種ガイダンスなどが行われている。それに乗じて部活やサークルへの勧誘のために在学生がわらわらと集まっていて、俺、野坂雅史もそんな中の一人だ。
俺は放送サークルMMPというラジオみたいなことをする団体に属していて、主な活動は昼放送になるのかな。その他には他校との交流があったりいろいろ。一緒にビラを配る奥村菜月さんは、サークルの総務を勤めているアナウンサーの先輩だ。
菜月先輩がこの新入生勧誘活動にかける意気込みがもうすごくて。鬼気迫るとでも言おうか。今回の新歓のテーマが菜月先輩の提唱した「ゲッティング☆ガールプロジェクト」という……端的に言うと女子を穫りに行くぞというものだ。
男女比にして男の方が圧倒的に多い向島大学に於いて、春風の似合うぽわぽわして可愛い癒される女の子とかいうツチノコみたいなものを探しに行かないといけないのはまさに苦行。それというのも、MMPには現在菜月先輩しか女子がいないからだ。
「菜月先輩、何度も言ってますけど都市伝説級のカボチャよりもイケメンの方が多いんですから、そっちを重点的に穫りに行くべきかと」
「イケメンねえ。そんなこと言って、お前の好みじゃなかったら切り捨てるクセに」
「菜月先輩にだけは言われたくありません」
「大体、男がイケメンだ何だって大騒ぎして」
「男だろうとイケメンにはときめくんですよ! 大体、菜月先輩だってよくわからない女子に癒しを求めている時点で同列ですよ」
「そこまで熱くなるとか引くぞ。と言うかお前、女の子に興味ないのか?」
「皆無ですね」
厳密に言えば、菜月先輩以外のよくわからないカボチャには興味がない。
俺にとっては、可愛い女の子はどこだと目を皿のようにして探している菜月先輩こそがこの世界で唯一の女性だし、この世界で一番可愛い女の子だ。菜月先輩が隣にいる時点でカボチャにも等しい他の女が可愛く思えるはずがないじゃないか、意味が分からない。
「そんなことよりイケメンは! 圭斗先輩とはタイプの違う、そうですね、ワイルド系のイケメンもそろそろ」
「あっ、あれなんかはどうだ」
「あれはただの雰囲気イケメンだしどこからどう見てもチャラいので却下です。菜月先輩、イケメンは見てくれだけが良くてもダメなんですよ。第一に誠実さですよ。はっ、もしや菜月先輩の好みがああいう感じの…?」
「まさか。むしろ嫌いなタイプだ」
「ですよね、安心しました」
――とまあ、こんな調子でやっているものだから、手元のビラは全然捌けていなかった。マズい、このままだと雷が落ちる。まあ、俺だけが怒られるということはないだろうから少しは安心しているのだけど。
「と言うか、菜月先輩の思うイケメンであれば俺の願望も同時に叶えられるのでは…? というワケで菜月先輩の好みを教えてもらえれば俺が探します」
「まあ、圭斗みたく胡散臭いのはアウトだな。で、圭斗みたく骨と皮だけで出来てるようなヤツもダメだ。あと、圭斗みたく女の子をとっかえひっかえしてるようなのもちょっと信じられない。それから、圭斗みたく――」
「圭斗先輩disばっかりじゃないですか! えーと、嫌いじゃなくて好きの方を聞かせてもらっていいですか」
「ある程度筋肉がついててだらしなくない体つきだろ、真面目とか誠実とか。あと、現状MMPじゃサークル室に虫が出た時に片付けるのがうちの仕事みたくなってるから、虫とかヘビとかが大丈夫だとなおいいな」
惜しい…! 体つきや真面目とか誠実まではここにいますって叫びたかったけど、虫やヘビはちょっとな~…! いや、菜月先輩のために克服出来るものなら頑張りたいとは思うけれど。そもそも俺は顔面偏差値がイケメンには程遠かった! ちきしょう穴を掘って埋まりたい!
「菜月先輩が男性だったらさぞかし男前だったんだろうなあと思います」
「変なことを言うな」
「イテっ!」
もらうのは、菜月先輩の奥義・鋭く重いローキック。基本装備がピンヒールの編み上げブーツというのがさらに雰囲気で痛さを感じさせるぜ! ただ、変に避けなければ実はそんなに痛くないというのも知っている。きちんと受けられるように蹴ってくれているのだ。
「菜月先輩、まずは好み関係なくMMPというサークルの周知を徹底しませんか。ビラのノルマが達成出来なかった場合に圭斗先輩が怖いです」
「うちは圭斗から何か言われたら「じゃあビラもポスターもお前が作れ」で返せるからな。怒鳴られるのはお前1人だ」
「ナ、ナンダッテー!? 菜月先輩、そこを何とか! 配りましょう!」
「ヤダ。人見知りだし」
「ほ、ほら、一緒に行きましょう…?」
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