ナノスパ@2018 -one's routine life-

エコ

4月

春励会のスタートダッシュ

「ぶえっくしょい! えーっくしょーい!」


 睡眠が浅くなってきていたのか、どこからかとてつもないくしゃみの声がする。くそ、うるせえ。


「バカ野郎お前窓開けるとか、ぁっ……えっくしょい! 殺す気か!」

「朝は窓開けて空気入れ替えるモンすよ」

「エアコンの空清使えよバカだろ!?」

「うちのオンボロエアコンがそんな機能をまともに使えると思ってんすか」


 コムギハイツⅡ、私立緑ヶ丘大学から徒歩5分のところにあるアパートだ。通称ムギツー。向かいには同じ間取りのアパート、コムギハイツⅠ(通称ムギワン)が建っていて、駐車場はムギワンとムギツーの共用だ。

 ただ、新築ではないしほどほどに築年数の建っているアパートで壁も床も薄い。上下左右の部屋に人の気配があればそれがもう筒抜けだし、テレビの音から人の話し声、水道の蛇口を捻ったとかそんなことまでわかる建物だ。

 上から降って来る声にイライラしながら時計に目をやれば、朝の10時半。本来ならまだまだ寝ている時間だが、今日は起きなければならない理由があった。それは、上から降るうるさい声とも関係がある。ただ、連中はドタバタし過ぎだ。

 手を伸ばし、手頃な棒で天井を突く。これが真上への抗議の仕方だ。すると、上からはすんませーんと声が降って来る。よくある休日の一コマ。上から降る掃除の音に抗議すること数知れずだからだ。

 とりあえず身支度をすることに。いつもなら二度寝するところだが、今日はそうもいかない。そろそろ動き出さねえとさすがにまずい。ひとまず水を含んで体に線を一本通す。


「わ、すごい。高ピーが1人で午前中に起きて来てる」

「てめェらがうるせえからだろ」

「ゴメンって。コイツが窓なんか開けやがるからさー」

「窓開けるのは基本なんすよ」

「いいか、俺は花粉症! 下手したらその日寝込むレベルの花粉症だぞ!? これから新入生を勧誘しようってのに機材部長寝込ますバカがどこにいんだよ、ちょっとは考えろ」

「そこまで酷いならマスクするとか医者行くとかすりゃいいじゃないすか」

「ンだとLてめえ!」


 俺の住むムギツー102号室、その真上の202号室に住むのは同じ緑ヶ丘大学放送サークルMBCCに所属する後輩、Lこと浅田類あさだるい。今日は入学式に乗じてこのMBCCというサークルに新入生を勧誘しようという活動のために集合しているのだ。

 MBCCのアナウンス部長が俺、高崎悠哉たかさきゆうや。そして機材部長がくしゃみを飛ばしてクソうるせえ伊東一徳いとうかずのり。俺らも3年になって、いよいよ本格的に自分たちの代という物を動かしていく。そのための下準備と言えなくもない。

 活動は主に食堂での昼放送になる。その他には、作品制作をしたり他校との活動に出席したり。まあ、いろいろある。細かいことは明日以降やるにしても、とりあえずはビラを配らねえと何も始まらねえのだ。

 昨日はLの部屋で飲みながら作戦会議をしていた。伊東はそのままLの部屋に泊まって現在に至る。俺たちは何かしら春との相性の悪さを抱えている。俺なら春眠暁を覚えずだし、Lは夜型で朝に弱い。伊東は朝に強いが重度の花粉症。

 これから新入生を勧誘しようというのにサークルのアナ部長だのミキ部長だのが来れなきゃお笑いだ。それじゃあ互いに励まし合おうというわけで、利害の一致した俺たちは大学から程近いムギツーに集まっている。


「で、何時くらいに行けば連中は捕まりやすいんだ」

「11時半くらいじゃない?」

「じゃあもうちょっと時間ありますね」

「いや、このままここにいるとグダる未来しか見えねえ」

「それだ。高ピー、サークル室行こう。建物封鎖されてないっしょ?」

「封鎖はされてねえ。大祭実行が動いてるはずだからな。あと、お前はちょっとでいいからマスクしてろ」


 さて行こう。そう思った瞬間に割り込んで来る腹の虫。そういや朝飯も食わずに動き出していた。そしてブランチにはちょうどいい時間帯、と言うか確実に終わりが1時を回るだろう初日のビラ配りだ。食わずに活動を始めると間違いなく死ぬ。


「あ、ご飯どうする?」

「L、何か食うモンねえか」

「ないっす」

「てめェホント使えねえな」

「自分の部屋に帰ったらいいでしょうよ」

「ンだとLてめェ、アナウンス部長が腹減って死んでもいいっつーのか」

「ちょっ、高崎先輩までナニ果林みたいなこと言ってんすか!」


 春の陽気に打ち勝っても、腹が減っては戦は出来ぬ。それぞれの不安要素をひとつずつ潰しながら、年度初めのサークルの営業を始めるのだ。

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