蒲公英に似ている


 ひたすらに山中を歩き回り、蛇の機械らしきものとの遭遇から幾らか時間が経った頃、ついに私たちは探していたものを見つけ出すことに成功する。


「……ありましたね、ナビゲーター。それにシオリさんもいるみたいです」


 懐かしさすら感じさせる蒼白い光を朧げに放つ球体。そしてその隣りで胡坐をかく小柄で癖毛の少女。

 大きな洞穴が開いた岩肌が抉れたような形態になっている箇所に、所在なさげに漂う光玉の下へやっと思いで辿り着くと、ちょうど気怠そうな目つきをしたシオリの横へ向かって、私は積もりに積もった倦怠感に逃げ場所を与えるように勢いよく倒れ込む。


「シオリさん。どうもご無沙汰してます。ご心配をおかけしました。ちょっと疲れているのでさっそくですが横にならせてもらいます」

「おー、ツカサさん、無事だったんだねー。思ったより元気そうでなによりだよ」


 隣りで恥じらいもなく大の字になっった私を一瞥すると、シオリは小さく拍手をして歓迎してくれる。飢餓状態に陥ってしまったと聞いていたが、思っていたより彼女も大丈夫そうだ。


「ただいま、セラさん」

「シンジくんもお疲れ様……どうしたの? どこか怪我でもした?」

「僕が? いや、まったくそんなことはないよ。僕はいたって好調さ」

「そう? ならいいんだけど」


 私に少し遅れて、シンジもナビゲーターとシオリの下へやってくる。

 その際何か痛みに耐えるような表情を彼は一瞬見せたがすぐにそれを跡形もなく隠す。それが私とシオリには少し気にかかったが、彼の感情を映さない瞳を見てそれ以上は何も追及しなかった。


「それでツキモトくんは? 洞窟を出るところまでは一緒だったんだよね?」

「うん。そうだよ。リョウタロウくんは今、あたしのために飲み物を探しに行ってくれてる。あたしも付いて行こうかって訊いたけど、足手まといだし、一人はナビゲーターのところに残ってた方がいいって言われたからあたしがここに残った」

「まあ、その判断は正しいね。セラさんの体調はどんな感じ?」

「もうほとんど動けないかな。手足に全然力が入らなくなっちゃった」


 あっけらかんとした調子で言うのであまり真実味を感じられないが、嘘を吐く必要もないのでシオリは本当の事を口にしているのだろう。

 休息をある程度取れば回復する私の疲労とは違い、シオリの飢餓は何か飲み物を摂取しなければ満たされない。それは中々に厄介な問題だった。


「あとね、ちょっと報告しなきゃいけないことがあるんだ。しかも悪いニュース」

「良いニュースはないんですか。こういう時って、大体良いニュースと悪いニュースがありますけど」

「良いニュースはツカサさんとシンジくんが無事だったことだよ。だからそれでプラスマイナスゼロだね」

「あ、たしかに。シオリさん、頭良いですね」

「それほどでも」

「いいから、早くその悪いニュースとやらを教えてよ」


 やっと身体を起こすくらいまで力を取り戻した私が二人の会話に入ってくると、話の矛先が若干ずれてしまうが、すぐにシンジが軌道を修正し話の続きを促す。


「あれ? シンジくんもなんかちょっと人間味出てきたんじゃない? ツカサ効果? ツカサさんってザ・人間って感じするもんね」

「褒められて、ないですよね?」

「セラさん」

「ごめんごめん。そうだね、とりあえずポジションを確認してみて。それが一番手っ取り早く伝わると思う」


 シオリの言葉でシンジは半分ほど悪い知らせの内容に見当がついたらしく顔を歪め、私も少し遅れて見当がついた。

 キーワードの一つを宙で漂う発光球体にかけてみれば、やはり彼の想像した通りの数字が赤く浮かび上がってきたようだった。


「……4/4、か。見事に最下位に転落してるね」

「ごめんなさい。最下位ですか。たしか洞窟に入る前は二位でしたよね? これ、もしかしなくても私のせいですよね?」

「まあ、ここでツカサさんとシンジくんを待ってる間に、他のチームに抜かれたから、誰のせいかと言えば前方不注意で落っこちたツカサさんのせいかな」


 特にシオリには機嫌を損ねた様子はなく、責めるような口調でも全くなかったが、私は突きつけられた現実に自責の念に駆られる。

 だが同時に今さら後悔してもどうしようもないと、開き直るだけの図太さも今の私は良くも悪くも持ち合わせていた。

 知らぬ間に自分が精神的に堅牢になっていることに嬉しさと戸惑いを感じる。

 もしかすると、自分が他者の疲労を背負っているように、他の誰かが自分の心の弱さを引き受けてくれているのかもしれない。


「他のチームに抜かれたって言ってたけど、実際に見た? 見たのはセラさんだけ?」

「うん。他のチームがここに来たのは、リョウタロウくんが飲み物を探しに行った後だよ。まず先に来たのは全員金髪碧眼のグループで、その後に来たのは赤毛と黒髪が二人ずつのグループだった」

「なるほど。普通に考えて、他のチームも全員日本人とは限らないのか」

「トップのチームはどんな人達なんだろうねー」


 飢餓に耐えるが厳しくなってきたのか、それとも怠惰な性格をしているだけなのか、シオリは仰向けに寝転がる。その際白いシャツがはだけて臍の辺りが露わになるが、シンジは何かに怯えるように目を逸らし、なぜか自分が恥ずかしくなった私が慌ててシオリの服装の乱れを代わりに整える。


「で、でもそう考えると、私たちは運が良いですね。偶然全員日本人だったなんて。私、英語とか喋れませんし」

「どうだろう。コミュニケーションに支障が出ないように、どこのチームも国籍は統一されているのかもしれない。あの猫の形をしたナニカも、平等性をことさら強調していたからね。それかそもそも、僕たちが喋っている言葉が本当は日本語じゃないのかもしれない」

「私たちが喋っている言葉が日本語じゃない? それってどういう意味ですか?」

「言葉の通りの意味だよ。僕たちは日本語でやりとりしてるつもりでも、実は全く別の、異なる手段で互いの考えを伝達し合っている可能性もあるってことさ。ここは現世リアルとは全く異なる世界だからね」

「なるほど。シンジさんって本当に色んなことを考えてるんですね」

「大したことないよ。僕は思いついたことを適当に口に出してるだけ。可能性を羅列しているだけだから」

「それでも尊敬します。私にはできないことですから」

「そっか。ありがとう。僕は僕にできることはさせてもらうつもりだよ」


 シンジは相変わらず淡々と言葉を紡ぐだけで、私がいくら尊敬の念を示してもまったく気にする素振りはない。

 彼は本気で自らに特別な価値があると思っていないのだろう。それは彼にこれまで人とまともに触れ合う機会がなかったゆえの弊害であり、恩恵でもあるように思う。


「まあ、とりあえず今は他のチームのことは置いておこう。まずは自分たちだ。ツキモトくんが食糧を探しに行ってから、どれくらい経ってる?」

「けっこう経ってると思うけど、どうなのかなぁ」

「……彼を探しに行くべきか? いや、でも入れ違いになったら無駄なタイムロスになる。少し、考えるか」


 そっと瞳を閉じ、シンジは思考の海に深く潜っていく。

 彼の熟考癖にも慣れてきた私とシオリは、そんな彼に対して静かに見守るのみで何も言わない。

 余計なノイズは、彼の邪魔をするだけだと知っていたからだ。


「……やはり、行くべきだな。マキさん、セラさん、僕はツキモトくんを探しに行こうと思うんだけど、二人はどう思う?」

「あたしはいいと思うよ。リョウタロウくん帰ってくるの遅いから、迷子になってるかもしれないし」

「私も賛成、ですかね。やっぱり、一人でこの森の中を彷徨ってるってのは心配です」


 薄桃の唇に添えられた指を離し、シンジが顔を上げる。

 澄んだ目に迷いは一切見られず、私とシオリが彼の瞳を曇らせる理由も見つかなかった。


「そっか。二人に異論がないなら、僕は少しツキモトくんを探しに行ってくるよ。ここに来るまでに一応何か水分を摂取できる物がないか探してたんだけど、全く見つけられなかった。その事を考えると、ここのステージをクリアするための条件と言っていいほど、飲料の調達は難題なのかもしれない」


 そこまでシンジが言うと、山道を進むので精一杯で他の事を全く気にすることができなかった自分を私は情けなく感じる。

 私と同様に、さらにいえば先導しながらもシンジはシオリのための物資があるかどうかにも注意を払っていたのだ。疲労という枷を強いられているとはいっても、私は自分と彼の立場が逆でも全く同じ状況になっただろうなと思った。


「もし先にツキモトくんが戻ってきたら、説明をよろしく頼むよ」

「りょーかい」

「はい。わかりました」


 短く言葉を残すと、シンジは拓かれた岩場から飛び降り、比較的歩きやすい、おそらくリョウタロウも辿ったであろう獣道のような場所を狙って進んでいく。

 すぐにシンジの華奢な身体は鬱蒼とした木葉に紛れて消え、どこか物淋しい静寂だけが残った。




「シンジさんって凄いですよね。いつも色んなことを考えてるし、他の人は気づかないような事にもあの人だけはよく気づく」

「そうだねー。あたしたちのチームにシンジくんがいたことはかなりの幸運だよね」


 シンジがリョウタロウを追って森奥に姿を消してからしばらくした後、私は呟くような声量で言葉を宙空に投げかける。

 それに似たような声量で答えるシオリは、仰向けになったまま瞳を木々の切れ目から僅かに覗く空に注いでいた。


「きっと彼みたいな人が、生きる価値のある人間って奴なんだろうなぁ。たぶんあたしはあんな風に生きることはできないから」


 特別な感情を乗せず、どこか白昼夢を見ているかのような曖昧な声。

 私は思い出す。

 一見誰よりも無邪気なシオリだけが、唯一他の三人と異なる経路を辿ってここにやって来たことを。

 彼女は私たちとは違う。この人は、この人だけは自分から死を選んでいる。

 生きる価値のある人間と、生きる価値のない人間。私にはその違いがわからないけど、彼女にとって前者がシンジで、きっと後者が自分だった。

 おそらく彼女が抱いているあろう考えを、本当は大きな声で否定したかった。しかし、今の私にはそれができない。それに私もまた、自信を持って自分自身を生きる価値のある人間だということだってできない。

 私にとってセラシオリという人物は、誰よりも簡単に近づけるほど親しみ易いが、誰よりも触れたら壊れてしまいそうなほど繊細な存在だった。


「変なこと、訊いてもいいですか?」

「うん? なに? 試しに言ってみて。答えられそうなら、答える」

「……シオリさんは、なんで自殺を?」

「あぁ……そこね」


 いつも飄々としていて、掴みどころのない態度を崩さないシオリは、私のその質問を受け珍しく目を細め何かを考え込むような表情を見せた。そんな彼女の変化に私は不興を買ってしまったかと少し怖れたが、今のところ怒っている気配はしない。


「逆に訊くけどさ、ツカサさんはなんで自殺しないの?」

「え?」


 しかし返答の代わりに、全く予想していなかった問いかけをされ、私は言葉を詰まらせる。

 なぜ自殺をしないのか。率直に言って、私はシオリが口にした質問の意味が一切理解できなかった。


「なにかどうしても生きなくちゃいけない理由があるの?」

「それは、どうしても生きなきゃいけない理由っていきなり訊かれると、パッとは思いつかないですけど」

「だったらべつに死んでもよくない? ツカサさんがなんとなく生きてるように、あたしはなんとなく死んでみた。それでいいじゃん」


 強がりではなく、それは本心から。

 心の底から不思議そうに尋ねてくるシオリはいまだに空の蒼を探している。


「でも、やっぱり死ぬよりは生きてる方がましだと思いませんか?」

「なんで? なんでそう思うの? もしかしたら死んだ方が楽しいかもしれないよ? なんで生きてる方がましって言い切れるの? 根拠は?」

「根拠っていわれても……あ、でもほら、今回のレースみたいに、勝ち残った四人だけがまた生き返れるって言ってるくらいですし、やっぱり死ぬ事より生きる事に価値があるんじゃないですか?」

「わかんないよ? そもそもこのレースに勝てれば生き返れるっていうのも本当か怪しいし、生きることに価値があるって言ってるのも向こうが勝手にそう言ってるだけでしょ? 実は罰ゲームを受ける人を決めてるのかも」


 澱みのない口振りで、シオリは私を何度も閉口させる。

 攻撃するような意志は感じられないが、躊躇する容赦もまた全く感じられなかった。


「……でも、ツカサさんが言いたいことも分かるよ。あたしたちは生と死、そのかたっぽしか知らないわけだから、そりゃ知ってる方が安心だし、楽しいよね。このゲームのことだって嘘じゃないと思ってる。だから前も言ったと思うけど、皆が生き返るための邪魔はしないし、できるだけ協力はする。まあ、あたしにできることなんてほとんどないけどね」


 シオリは自分以外の三人のために走っている。自分自身の事はお構いなしで、興味すら持っていない。

 私と彼女は似ているようで、全然違う。

 自らに生きる価値なんてない、そんな他者からみれば悲観に暮れた自意識を持っていることは自分も彼女も確かだろう。

 だけど、常に自らの生きる価値を探し足掻き苦しんでいた自分とは違い、彼女は自らの生きる価値を探そうともせず、そもそも生きることに意味を、こだわりを求めていなくて、またその現状に苦痛を感じてもいない。

 それが私たちの決定的に異なる点だと、心内で私は決定づける。

 だからこそ、今の自分がかけられる言葉があると、私は空ばかり眺めるシオリの顔を覗き込み、真っ直ぐと視線を逸らさないようにする。


「さっきシオリさんは、シンジさんには生きる価値があるって言いましたよね」

「うん。言ったね。彼は生きるべきだと思う」

「それはどうしてそう思ったんですか?」


 生きる価値のあるなし。シオリにとってそれがいったいどんな基準で設けられているのか。

 私は知りたかった。彼女がいったい何を考えているのか。私と彼女の間に生じた差がどこから生まれたのかを


「……あたしはさ、人の生きる価値ってのを、どれだけ他人を“幸福”にできるかだと思ってる。シンジくんは頭がいい。彼の発想や行動は他人を幸福にすることができる。あたしとは違って」

「じゃあ、私の事はどう思ってますか? 私に生きる価値はありますか?」

「ツカサさんに? もちろんあると思うよ。ツカサさんが死んだらきっと悲しむ人が、困る人がいる。周りを困らせるのはよくないからね。ツカサさんには家族や友人がいるでしょ?」

「それは、いますけど……」

「ほらね。だけどあたしにはいないんだ。家族も、友人も、あたしの存在を必要とする人なんていない。あたしがそこにいるってことに誰も気づかない」


 自分を必要とする人がいない。自分が生きていることに誰も気づきすらしない。そうシオリは感情の籠っていないソプラノで口にする。

 私はそれを寂しいと思った。これまで必死で自分以外の誰かのために生きてきた私だから、彼女にかけられる言葉があると思った。

 私とシオリは違う。でもやっぱり似ているところがある。

 私たちが生きる理由はきっと一つじゃない。きっとそれは沢山あって、その中に正解なんてない。

 ただ選ぶだけ。数ある生きるための理由の中から、自分の人生で一番大切だと思えるものを選ぶだけだ。

 だから私がその沢山ある理由の一つになってもいいはずだと思った。たとえそれが最後に選ばれなかったとしても。

 これから私が口にする言葉が本当に自分の知っている言語かどうかは確かめられない、だから私は瞬きをしなかった。


「……私、シオリさんは蒲公英タンポポに似ていると思うんです」

「は? いきなり何の話?」


 春にかけて白や黄の花を咲かせる蒲公英。

 道端や野原にしんと立っている彼女たちは、決して自らの存在を主張することはないが、いつだって私たちの日常を暖かに彩っている。

 冷たい雨と隣り合わせの印象が強い紫陽花に比べれば、どれだけ素敵な花だろうか。


「蒲公英の種子は綿毛に乗ってどこまでも遠く、自分ですら予想できないところまで飛んでいきます。自由に優雅に、全ては運任せ。蒲公英が生きる場所はどこだっていいんです。街の中で花を咲かせてもいいし、人里離れた山奥で葉を伸ばしてもいい」


 私は空を飛んだことがないから、風の気分次第の行方定まらない旅がどんなものなのかを知らない。

 もしかしたらそれは私が思っているよりも孤独で、寂しさのつきまとう旅路かもしれない。

 でも、それでも私は羨ましいと思った。

 灰黒の雲空ばかり見仰いでいた紫陽花からすれば、蒲公英が真っ青な空を飛び回ることはどこまでも幸せなことに思えていた。


「蒲公英がただ自由に、天運に任せて生きていく姿。そんな姿を眺めるだけで、憧れを、羨望を、幸せを抱くことができる人がいます。ただ生きるだけで、蒲公英は他人に生きていく勇気を与えることができるんです」


 菖蒲アヤメ鳳仙花ホウセンカのようにその凛々しさで人の目を惹きつけなくとも、蒲公英は私たちに生きることの価値、素晴らしさを教えてくれる。

 私は蒲公英を、美しい花だと思っていた。



「蒲公英の花言葉を知っていますか? Happiness……まさに“幸福”ですよ。私、シオリさんと出逢えて、幸せに思います」

 


 穏やかな風が吹き抜け、シオリの猫のような癖毛を揺らす。

 口を二、三度、開こうとするが、これまでのように私を突き放す言葉は彼女から結局は出てこない。

 私は瞳に今映る景色が、空なんかよりもよっぽど蒼く、眩しく感じている。


「あたしが蒲公英に似ていて、その蒲公英の花言葉が幸福だからあたしには生きる価値があるってツカサさんは言いたいわけ?」

「えーと、まあ、そういうことになりますかね」

「……ふっ、ふふっ。なにそれ。意味わかんないよ。ツカサさんって変わってる」

「そうですかね? 私としては自分が変わってるとは思わないんですけど」


 からからとした声でシオリは笑う。目尻に皺を寄せて、楽しそうに肩を揺らしている。

 そんな彼女の明朗快活な雰囲気につられて、私も小さく吹き出す。それから私たちは、自分たちでも何がそれほどおかしいのか分からないままひとしきり笑い合った。


「でも生きてれば面白いことがあるのはたしかみたいだね。“ツカサ”と出逢えたこと、私にとってもそれは幸福だよ」

「ありがとうございます。そう言って貰えると嬉しいです」


 シオリの微笑みにはどうしてか心が和ませる力がある気がする。

 そういえば蒲公英の葉には肺炎ウイルス抑制する成分が含まれていたり、根にも解熱や胃腸を回復させる効能があったはずだ。彼女との会話にリラクゼーション効果があっても不思議ではない。


「それで? ツカサはどうしていきなりシンジくんと仲良くなったの?」

「え。べつにそこまで仲良くなってないと思いますよ。普通だと思います。というかいきなり何の話ですか」


 さっき私がいきなり蒲公英の話をし始めたことの意趣返しか、シオリは前触れなく話を切り替える。

 そのあまりに唐突な話題転換に私は付いて行けず、出所のわからない汗が身体中から流れ出てきた。


「そうなの? てっきり恋人ってやつになったのかと」

「ちょ、ちょっと待ってください。話が飛躍し過ぎじゃないですか? なにをどう捉えたらその結論になるのかわからないです」


 意味もなく鼻頭が熱を持つ。昔からこういった方面の会話は苦手だった。

 だけどシオリは無邪気に口角を上げるばかりで、彼女が抱いていた疑問をぶつけることをやめるつもりはないらしい。


「でも変じゃん。はぐれる前はシンジくんに畏まった態度をずっと取ってたのに、さっきは普通に喋ってた。これってやっぱり、恋人になったってことでしょ?」

「態度そんなに変わりましたかね? もしかしたらちょっとだけ仲良くなって、友達に近づいた可能性はありますけど」

「友達? だけどツカサは女で、シンジくんは男でしょ? あたし男女の間に友情は成立しないって聞いたけど?」

「す、凄い偏見ですね。男女関係なく、友情は成立するものだと私は思ってます。そ、そりゃ男子と女子だったら、そこから恋愛感情に発展することはあるかもしれませんが」

「ツカサは発展してないの?」

「してないです。だ、だいたいシオリだってシンジさんとは親しそうに話してるじゃないですか」

「あたしは基本どの人に対しても同じ対応だから。それにシンジくんともべつに特別親しいと思ってないし」

「……シオリって結構ドライですよね」


 あっけらかんとした調子でシンジのことを切って捨てるシオリに、私は苦笑を隠せない。

 初対面の時は、誰に対しても優しく明るい天真爛漫な少女だと思っていたが、その第一印象は今や大きく変わってきている。

 人は見かけによらないものだと感心すらしていたけど、もしかしたら私もまた他人からはそう思われているかもしれない。



「お、噂をすればなんとやらだね」



 するとむくりと身体を起こして山景色を眺めていたシオリが、ふいに何かに気づいたように目を少し大きく開き、唇を意味深に尖らせる。つられて私も彼女が覗いている方向に目を移してみれば、想定より早く舞い戻ってきた癖のない黒髪の少年の姿が見えた。



「あ、シンジさん」

「戻ってきたみたいだね……あれ? でもリョウタロウくんがいないなぁ」



 木々を鬱陶しそうに掻き分けながら、シンジが森の下方から私たちの方に向かってくる姿が確認できる。近くに彼以外の人間の姿は認められず、やけに焦燥感に駆られた表情を浮かべていた。


「シンジさん様子おかしくないですか?」

「だね。どうやら彼も悪いニュースを持ってきたみたい」


 岩肌の露出した洞窟の出口付近まで辿り着くと、シンジは荒い呼吸を整えようともせず二人の下まで駆け寄ってくる。

 私は必死の形相をしたシンジを見て、嫌な予感に身を強張らせた。


「ポジション……あぁ、やっぱりか」


 そしてシンジは何事かと困惑している私たち二人を素通りすると、真っ先にナビゲーターで自分たちの現在順位を確かめる。

 次いで重々しい溜め息を彼は吐くが、その苦悩の理由が私にはわからない。


「シンジくんどうしたの? それにリョウタロウくんは?」

「なにかあったんですか?」


 相次いで放たれる私とシオリの問い掛けを受けて初めて私たち二人の存在に気づいたのか、驚いたように彼は小さく肩を跳ねさせる。


「……マキさん、セラさん。悪いニュースと良いニュースがある。どっちから先に聞きたい?」


 道理のわからない返答。私とシオリは一度視線を交わしあうと、互いの困惑を共有できて仄かに安堵する。


「じゃあ、良いニュースからで」

「良いニュースは、僕たちのチームの順位が一つ上がったってこと」

「え? でもあたしたちどこのチームも抜いてないよね?」

「そうだね。僕たちは最下位のままだよ」

「えー? シンジくんの言ってることめちゃくちゃじゃん。どういうこと?」


 シオリの要望に応え、シンジは耳触りの良い知らせから伝えてくれたようだけど、その内容を私もシオリも理解できない。

 しかし彼は私たちに対してそれ以上特に詳しく説明する気はないようだ。なぜかといえば残された方の知らせを口にすれば、自然と自分が今言った出来事の意味が私たちに理解できるだろうとわかっていたのがその理由らしい。


「悪いニュースは、もしかしたら僕たちはこっちの世界で死ぬことになるかもしれないってこと」

「……まさか」

「……あー、あたしわかったかも」


 シンジの期待した通りに、私とシオリはそこで彼の言葉の意味を察する。

 そして自分たちの理解が正しいのかどうか調べるために、飢餓で動けないシオリに代わり、私がナビゲーターの下まで歩み寄った。



「ポジション……あぁ、やっぱり」



 自然と零れる私の言葉は、寸前にシンジが口にした台詞と全く同じもの。

 従順なナビゲーターに表示される真っ赤な数字は、3/3。

 それは誰もがこのレースを完走できるわけではないと私たちに教示する、非情な現実リアルだった。

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