一章

 淡い空には、綿のような雲がたゆたっている。

 天下を行く人々には、一様に笑みがある。幼子を除いた老若男女、さまざまな人間が混在するというのに、似たような角度で口の端が吊り上っている。

「きもちわる」

 ぽつりと本音が漏れた。即座にいましめるように名を呼ばれる。

「シア」

 一度放った言葉は取り返すことはできない。不用意な発言であったとシアは反省した。つい浮かんだ言葉を率直に述べてしまうのは、改善すべき短所だ。

 テムサ村には、庭付きの民家が点在し、往来にはささやかに市が並ぶ。屋台こそどれもどこか造りが甘く素人のものだが、それがかえって温かみを持つ。日持ちする乾物や干物、山から摂れる山菜や木の実は、質のよいものが並んでいる。商人たちにうすら寒い笑顔こそあれど、その目には売り込もうという熱意が見られない。

「どこからなんとかしたらいい?」

 問うと、先をゆくアグラがようやく振り向いた。頑健そうな肉体を黒衣こくいにつつみ、たくましい首から下がるのは真紅しんくの連なる数珠じゅず。陽に焼けた顔のなかにある人懐っこそうな黒目が、にやりと細められる。大きな手が、シアの頭を掴んだ。

「おまえなあ。一度した話は覚えておけ。覚えたあとも忘れるな」

「ごめんなさい」

 シアは謝った。まぎれもない事実だった。

「おまえがなんとかしてもらうのは一人だ。村のいちばん奥にいる」

 わしわしと手のひらがシアの短い髪を乱した。しかし声は低く、緊張が見えた。

「でも、みんな変やね」

 シアは首を傾けてまわりを見る。テムサ村は集落といっていいほど人口も少なく、田舎だ。そこに見慣れぬ怪しげな黒衣の二人組が現われたというのに、視線のひとつも感じないのだ。一度アグラが訪れていたとはいえ、これまで様々な地を旅した経験から、ここまで無関心な様子は異様だ。見知らぬ者への警戒や敵意、また好奇の感情が一切ないのだ。目線が絡み合うことはなく、夢のなかを彷徨さまようように覚束おぼつかない足取りをしている。

 市を抜けると、とたんにあたりは閑散かんさんとする。目の前は一本道で、丘のうえの民家につながっている。なにも感じなければ、ただの長閑のどかな風景だ。けれど、どことなく不安な気持ちになり、落ちつかない。

「俺には………わからんが」

「そうかな。アっくんも変よ。……調子悪い?」

 アグラの足取りがどうにも重い。そう感じたとたん、はだに生温かいものがねっとりと絡みつくような感触がする。

「おまえの感覚は、鋭すぎて恐ろしいよ」

 シアが感じないなにかを、彼も感じているのかもしれない。大した坂道ではないはずなのに、ひたいには珍しく脂汗が浮いている。すこし小走りして、シアは彼の手を握った。汗ばむ熱い手のひら。すがるように力がこめられる。するとようやく彼は手ぬぐいでひたいをぬぐった。

「助かる。嫌だろうに、悪いな」

 シアは人の体温が苦手だった。頭や衣服の上からのふれあいは平気だが、皮膚と皮膚の触れ合いが昔からどうしても好きになれない。近くにいるだけで敏感に感じる気配が、皮膚を通すとありありと伝わってくるからだ。その代わりに、シアは触れた者に干渉することができる。古くより、手当てあてという療法がある。患部に手をあて、かざすことにより身体の不調を治そうとする方法である。本来それは外傷や病を癒す行為のことだが、シアは人にふれると――もしくは念ずるだけで波立つ精神を鎮め、抑制することができる。代償だいしょうかのように、人のぬくもりの心地よさを感じることができない。

「いやとちゃうのよ。苦手なだけで」

 申し訳なく思いながら、ぽつりとこぼした。

 アグラの足取りは幾分と軽くなった。もうくだんの民家は目の前にある。

 ごくありふれた、木造の家屋。めずらしいのは二階建てであることぐらいだ。窓をあけ、開放的な一階にくらべ、二階はかなり閉鎖的な印象をうけた。内側のカーテンがぴったりと閉められたこれは、もしかすると。

「ひきこも」

 ばしんと頭をはたかれた。痛みに顔をあげ、シアはアグラをにらもうとする。

 すると目の前に、亜麻色の髪を綺麗に結い上げた壮年の婦人がいた。質素で伝統的な型の、上質な衣服に身を包んでいる。口元は笑みに引き結ばれているが、目の奥は笑っていない。その態度からもまちがいなく、家人だ。シアは口元をおさえて頭を下げる。

「すみません……」

「失礼しました」

 二人で深々と頭をさげると、くすりと笑う声がした。

「いえ、間違いではないわね。可愛らしいお嬢さん。私はリラです」

 気さくに笑って、彼女はシアのあたまをでた。ひとつひとつの所作や言葉遣いは上品で、育ちの良さがうかがい知れた。

「いえ、うちの者が大変失礼いたしました。不快な思いをさせて申し訳ありません。教会の修行僧のアグラと申します」

「シアと申します。申し訳ありませんでした」

 リラの寛大な心に感謝しながら、二人は並んで頭を下げた。

「かまいませんわ。息子を助けにきてくださったのでしょう?」

 言葉こそしっかりしているものの、リラの声は呼気のように力ないものだ。よく見ると胴回りの衣服のもたつきや皺を刻んだ首や頬のたるみから、以前はふくよかな女性だったのだろうと推測される。きびすをかえして、家屋に二人を招き入れた。

「息子もちょうど、あなたくらいの歳なのよ。今年で、十になりますわ」

 アグラが笑みをうかべながら、リラの言葉に相槌をうつ。しかし、繋いだ手に力がこめられた。シアは今年で、十七になる。童顔と年頃の娘らしからぬ短い髪から、より年齢より幼いと勘違いされているからこそ、先程は笑って済ませてくれたのだ。リラがいなければ、思ったことを口に出す癖をどうにかしろ、という説教の幕開けだろう。

「それに、可愛らしいお顔をしているのだから、髪はしっかりと伸ばしたほうがいいわよ。きっといまよりずっと愛らしくなるわ」

 世間一般、婦女の髪は長くあるべきであるとされている。きっと教養深い真面目なたちなのだろう。耳に胼胝たこができるほどに聞いてきた言葉に、シアはあいまいに笑う。シアの髪は、頬にわずかにかかるほど短い。幼い少女といえど、この髪の短さは眉をひそめられることが多いのだ。

「うちの息子はね、親の欲目かもしれないようだけど……とても美しいのよ。わたしたちから生まれたことが不思議なくらいに。村一番だわ。息子が元気なころは、みんなうちに来るときは息子に会うためにきたのよ。それなのに……」

 言葉に熱がこもりだした。二階へとつづく階段を登りきったころだった。リラの横顔は、夢をみるように陶然とうぜんとしている。そしてアグラは、なにかをこらえるように眉間みけんしわを寄せていた。大丈夫かと問うように見上げると、笑顔をつくってくれた。しかしつくられた笑顔だ。無理をしているらしい。

「繊細な子だから、一体なにに気を病んだのか、あるとき人と会うことを極端に避けるようになりました。それが六つのときです。多くのひとが見舞いにきてくれましたが、それも次第にひどく嫌がるようになりました。そしてとうとう、私と主人さえも避けるようになってしまって。お医者さまにも掛かりましたが、異常は見られないようで……」

 二階の最奥、当の息子はここにいるようだった。リラの目は爛々らんらんと光っている。先程とは、格段に様子が異なる。その瞳にあるのは、覇気はきではなく狂気きょうき。会話から狂気につながるものは感じられない。ただ息子を心配する母の言葉だ。けれど、その面持ちに慈愛は存在しない。リラからほとばしはげしい感情は、息子にむけるには過激すぎるように思える。

 アグラはきっと、この扉の奥にいる少年に対しておののいている。

 リラはきっと、この扉の奥にいる少年に焦がれるほどの執着がある。

 シアは二人から放たれる不安定な熱量をもつ感情に、身震いした。動物が危機を感知するように襲われる。二人ではなく、安定していたはずの二人を刺激した扉の向こうの人物に対して、

「リラさん、こちらでお待ちいただいてもよいですか?」

 シアはリラの手を強く握った。腰が抜けたように、彼女はその場にすわりこむ。

「そう長くかかりません。お待ちください」

 強い語気で念を押す。気の抜けたように焦点の定まらぬリラは、力なくうなずいた。

「アっくんは、このひとと回れ右して降りて、下で待っとって。たぶんご本人のほうがまわりのひとよりかは落ちついてはると思うし、わたし一人がええわ」

 二人の様子から、リラの息子は、周囲に多大な影響を与える人物らしい。それはシアのように鎮めるものではなく、まったくの正反対のもの。その人物を間近に迎えて、二人が冷静でいてくれるとは思えない。冷静さを欠いた人間がどのようにふるまうかは予想できず、予期せぬ出来事に見舞われる虞が(おそれ)ある。情報が不十分ないま、不安要素は取り除くに越したことはない。

 アグラはすぐに対応し、リラを連れて階下へ降りた。すると、扉のむこうからの圧迫感が幾分か和らいだ。

 拳で扉を数回たたき、シアは声をあげた。

「教会からきましたシアです。入っていいです?」

 耳を澄ませて応えを待つ。かすかな咳払いとともに、気配が近づいてくるが、扉は閉ざされたままだった。

「このままでええのでお名前教えてくれます?」

 いよいよひきこもりじみている、と能天気にシアはつづけた。得体の知れない人間を警戒するのは、まっとうな反応だ。

 息をのむ気配がして、かすれた声が返ってくる。

「……ルカです」

「そう、ルカくんいうのね。お母さん、心配しはってわたしら呼んだらしいんよ。こないだは、アグラくんと会ったかな?」

「以前、扉越しにすこし話をしました」

 控えめながら、ルカはこたえてくれる。思ったとおり、彼に異常はないらしい。

「きみはいったい?」

「シアです」

 たとえ一度告げたことでも、律儀にこたえる。しかし、ルカは戸惑っているようだった。

「いや、そうじゃなくて……」

「ん?」

「きみは、なにも、感じていない?」

 確かめるように尋ねられる。自分に対する、他者の変化を懸念している。自分が他者にどのような影響を与えるかよくわかっているからこその発言だ。

「やっぱり、わざと人目を避けてるんやね。わたしは、きみと似たものをもってるからかな。きみの影響は心配せんでも大丈夫。ちょっと、顔見てお話したいな」

 すると、鍵をあける音がした。黄昏たそがれはらんだあかね色の瞳には、不安と恐れが見えた。

 大きな瞳に影をおとす睫毛まつげは長い。こけた頬にかかる髪は蜂蜜のような甘い色をしている。なるほど、リラが豪語ごうごするのも納得できる美貌びぼうだった。ただ、くぼんだ目元とかわいたくちびるから、ぬぐいきれない疲労がうかがえる。その病的なさまと美貌があいまって、退廃たいはい的な雰囲気を漂わせている。

「ほんまに十なん?」

 しげしげと無遠慮に眺めて、シアは感想を述べた。緊張感のかけらもない言いように、ルカは大きな瞳をさらにまるくする。そして喉の奥で、かすかに笑った。

「そうです。きみも、僕と似ているって……一体」

「んー、わたしもきみもちょっと特殊。そういう意味で似てるってことかな。たぶん、性質は真逆やろうけど。あ、入ってもええかなあ?」

 問うと、彼は瞳を細めて首肯しゅこうした。

 陽の入らぬ室内は、薄暗いながらきれいに整えられている。生活に必要なものは、食事をとるための卓と、ややくたびれた寝台のみ。あと部屋を占めるものは壁一面に並んだ大量の書物だった。シアの視線は書物へ向けられる。歴史書や時代小説、専門的な題名が目立ち、どれも子どもの部屋に似つかわしくないものばかりだ。

「これ、きみが読むの?」

 驚き問うと、すこしばかりルカは嬉しそうになる。

「はい。部屋のなかで退屈しないようにと、母がくれたものです。どれも興味深くて、ひとり過ごすのに、助けられました」

「こんだけ読んだら、賢くなれそう」

 形式的な婦人に育てられると、こんなにもしっかりした子どもになるのかと感心した。さらにこの小難しい書物を読みとく根気と教養も備わっている。さらに美しい容姿。それは婦人も自慢に思い、村人の関心も誘うことだろう。

「えと、どないしよ」

 いつもなら、なにか問題をかかえた人物に相対するときには、手当をし、気持ちを鎮めて、新しく生活をはじめられるように支援することがシアの役割だ。しかし、彼は周囲に影響を与えることを除けは、シアがほどこすことなど一切ないように思える。唯一の、どうしてまわりのひとはあなたのそばでおかしくなるのか、などとはさすがのシアも尋ねることはできない。

「こんなふうに人と話をするのは、久しぶりです」

「なんでなんやろねえ。そんなにおかしくなるもんかなあ。さっきも部屋の前におかあさんいはったけど、んー、ちょっと様子が変なだけで、話はできてたし……」

 すると、足音がした。ルカの様子が変化する。騒がしい足音とともに、室内に婦人がはいってくる。ルカの目に怯えが走り、頭を抱えてうずくまった。それに覆いかぶさるように、婦人がルカを抱きしめる。

「どゆことアっくん」

 息を切らして階段を駆けあがってきたアグラを睨む。室内に足を踏み入れたとたんうめいて、口元を押さえだす彼の手をとった。 

「どうしたもこうしたも、ちょっと目を離したすきに」

「お手洗いくらい小一時間我慢しいよ」

「どうしてそれを」

「ややこしいわぁ」

 もはやリラは、正気を保ってはいなかった。ひきこもりと母親の感動的な再会、にしては彼女の様子は常軌じょうきいつしている。言葉は不明瞭ふめいりょうで、爪が喰いこむほどにルカの背を抱く彼らから放たれる感情は、濁流だくりゅうのように渦巻き荒れ狂っている。意識があるかも怪しい。

「いまのご気分どう?」

 アグラを見上げると、ゆるゆると首をふる。扉の前にきたときと同じく、頭痛をこらえるかのように眉間に皺を寄せている。

 ある意味、予想はしていた。街があの様子で、部屋に入らずともあの異変だ。イオンはぎりぎり意識はあるものの、思考がままならない状態だろう。自らの性質は知ってか知らずか、引きこもるという選択をしたルカは賢明だ。

 重苦しい感情に、押しつぶされそうになる。たった二人の感情とは思えないほどの威圧感だ。膚に刺激を感じて手を見ると、手首にじんましんができていた。

「アっくんは、そこでがんばってて」

 シアは再び部屋に入った。蹲る親子に近づき、それぞれの目の前で手を振る。

「ん――。なんか受信してしもてる」

 リラはだいたい部屋に入る前から、その兆候ちょうこうは見られていた。問題はルカだ。シアと二人きりのときには、しっかり意識を保っていた。もしや彼は、ルカから影響を受けた、婦人からの影響を受けているのかもしれない。だから、ルカの影響を受けないシアといるときはなにも起きない。となると、ルカに触発されるすべての人間の影響を受けるということだろうか。

 リラの体をルカからがそうと試みるが、強い力でしがみついているため、なかなか引きはがすことができない。思い立って、ルカの顔を布で覆ってみる。しかし、離れた場所にいても影響を与えるのだ。依然いぜんとして、二人の様子に変わりはない。ここまで烈しく我を忘れている人間を二人同時に手当てすることは、負担がかかりそうだ。

「失礼」

 シアはリラの首に手刀しゅとうを入れた。意識を失った彼女は、地面に崩れ落ちた。するとルカの瞳がひたとシアのものとつながった。いつものように、頬に手をあてる。彼の表情が一瞬やわらぎかけた。しかしそれは一瞬で、それでも瞳はゆらぎ、呼吸が荒い。手当ての効果はあるが、足りないようだ。

 手を伸ばし、シアはルカを抱きしめた。

 硬い枝を抱いているような、せた体だった。そして、驚くほど体温が低い。まるで人間ではないかのように思えた。

「ルカくん、だいじょぶ?」

 問えば、首元に呼気を感じた。こんなにも体は冷たいのに、まだ荒い吐息は熱い。膚の上をすべり、ぞわりとする。こんなにも人と密接したのはいつぶりだろうか。

 触れ合う部分から、さまざまな感情が流れてくる。多くを占めるのは驚きと、戸惑いだろうか。あまりにもさまざまな念がまじりあっている。きっとこれは、ルカの感情だけではない。他者からの感情に刺激をうけて、きっとルカですら自身の心を把握できていないだろう。まずは彼が自身を取り戻すことが先決だ。より一層、シアはルカを抱きしめる腕に力をこめる。すると、次第に呼吸は穏やかになり、ルカの体からようやく力が抜けた。濁流のような感情の波からうかんできたのは、驚きと安堵。きっとこれは、ルカだけのもの。ルカをさいなむなにかから、解放できた証だ。シアが腕の力をゆるめると、すがりつくようにルカがシアの背に手を伸ばす。ふるえる手の力は強く、背に爪痕がつきそうなほどだった。

 シアは感情の気配を読むことはできても、その心中を推し量ることは苦手だ。どう言葉をかければよいかわからず、ルカの頭や髪をそっとなでることしかできなかった。そうすることで、ルカの心がやわらかさを取り戻すことだけはわかった。

「出血大サービスだな、シア」

 アグラが豪快な笑顔をうかべて言った。しかしその顔色はいまだに白いままである。ここまで疲労をみせたアグラを、シアははじめてみた。

「せやね。アっくんもおつかれさま」

「久々の大仕事だったろう」

「まあ、たいしたことしてへんけど」

「ご迷惑を、おかけしました」

 沈黙ののち、ようやくルカが口をひらいた。弱弱しく瞬き、シアを見上げる。こちらも、出会ったころよりすこし顔色がよくなっている。だがそれも一瞬、瞳を白黒させて、頬に赤みが差していく。どうやら、シアとの距離の近さに戸惑っているようだった。

「えっと、その、あの、すすすみません、離れますっ」

「もう一回あんなんするのはいややわ。このままでおって」

「そうだぞ。まだ距離をとるのは危険だ!」

 真顔で、シアとアグラは首をふる。その落ちつき払った様子に、さらにルカは困惑した。その困惑を感じ取り、シアは淡々とつづける。

「そう照れんでええよ。医療行為みたいなもんやし」

 淡々と断言するシアに、赤面しながらルカは抵抗を諦めた。二人のやりとりを、苦笑しながらアグラは見守る。シアは言葉の額面どおり、なにも感じていないようだった。対してルカはまだ幼いとはいえ、物のわからぬ子どもではないらしい。容姿だけではなく、情緒に関してもシアより成熟しているようだ。

 アグラはシアの肩越しにルカと目をあわせた。人好きのする笑顔に、ルカもつられる。

「改めて、アグラだ! きみの噂を聞いて、このシアを連れてきた。シアはきみと同じ――いや対極の能力をもち、精神を鎮めることができる。それを行使し、苦悩をもつ人々の心に、安寧をもたらすために行脚している。近年さまざまな人間を見てきたが、おまえの持つ能力は、頭一つ飛びぬけているようだな!」

 快活な笑顔に比例する声量に、圧倒されそうになる。

「いま俺たちがまともでいられるのは、ルカの能力とシアの能力が拮抗し無効化されているからだと推測できる。いつものシアなら、手のひらをかざす――〝手当て〟を施すと大抵の人間は正常な精神を取り戻す。そしてそれ以降は穏やかに過ごしているという報告があがっている。つまり手当てで精神異常を取り除くことに成功しているんだ。だが、きみの場合は村全体に及ぶほどの力だ。きみがもたらす精神異常は、シアの能力に勝るとも劣らない。これはなかなか前例のないことだ!」

 精神異常、という言葉にルカから表情が消える。うすうす感じてきたことを、明確に言葉にされ、自身の異質さを否応に思い知らされた。血の通いだした体が、またも冷えていくような感覚に襲われた。肩をかるく叩かれ、ルカは顔をあげる。ふれあうばかりにシアの顔がそばにあり、動揺したとたん、頬に指が刺さる。わずかにシアがほほえんでいた。ルカがはじめてみる、表情らしい表情だった。

「実際のとこ、ルカくんみたいなひと初めてみたから海とも山ともいまはわからへん。もしわたしと同じような能力なら、修行次第でなんとかなるかもしらへん」

「修行……? なんとか、できるんですか?」

「かもしれへん」

 希望に満ちた提案にルカが尋ね返すと、すかさずシアが首をふる。

「保障はできへんよ。でも、どちらにせよこの家からは出なあかん」

 真剣そのものの瞳を、ルカはまっすぐ受け止める。

 どこかで、その言葉を期待する自分がいた。人に会うたび異変をきたし、自らも狂ってしまう。日に日に互いの状態は悪くなり、部屋にこもった。だれにも会わぬように窓からなにも見えぬようにした。母の変貌がどうにもならぬ現実をつきつけ、命を絶つことも考えた。けれどそんな勇気はなく、ただひたすら怯えて本のなかの幻想に逃げて生きてきた。そんな自分を救い、だれかが連れ出してくれる日をずっと待っていた。

「僕を、連れていってくれるんですか?」

「……どういうことなんです」

 低くうめくように、問う声があった。

 ゆっくりとリラが起き上がる。周囲に視線をさまよわせ、壁にもたれかかるアグラと、ひしと抱擁したままのシアとルカを見た。目を瞠り、理解できないふうに表情を曇らせている。口をひらきかけたルカを、シアは腕に力をこめて制する。

「これは、いったい。ルカ、あなた……」

 嗚咽をこらえ、リラは顔を覆った。

「ルカくんは、難病にかかっていたようです」

 重大な事実を告げるようにシアは言った。別人のように大人びた口調に、ルカは戸惑う。リラが口をひらきかけると、そっと痩せた手のひらを握る。なにかが抜け落ちるように表情が穏やかになり、シアの瞳をまっすぐに見つめた。それを認めて、シアはつづける。

「かつてわたしも罹っていた病です。そのせいで、人前にでることができなかったようで、わたしの体内にある抗体の作用で、いまは状態が落ちついていますが、すぐさま専門的な治療が必要かと存じます。彼は病こそ知らないようでしたが、自分の異変に自ら気づき、お母さまや村のみなさまにご迷惑をおかけしないよう配慮しておられたようです。本当にお母さまのおっしゃられていたとおり、聡明なご子息ですね。この病は、適切な処置が施されればほどなくして回復する見込みがございます。このように苦しむ方がおられるというのに気づくことができず、お待たせしてしまって本当に心苦しく思います。ですがどうか、ご安心ください。わたしどもは、ルカくんの快復に誠心誠意を尽くして力を尽くして参ります」

 すらすらともっともらしい言葉が並ぶ。見た目に反して有無を言わせぬ流暢な語り口に、異論を唱えることが間違いのようにすら思えた。自分のもつ問題は、まず他者に理解してもらうことは難しいだろう。そのために、難病という方便を使ったのだ。

「ああ……! そうだったのですね。その処置とは、いったいどうすれば……」

「この村より離れた、西方の都におられるお医者さまに掛からなければなりません。そして治療は長期にわたります。当人にも説明しましたが、治療に専念したいという意志を見せてくださいました。そこでどうか、お母さまにもご理解いただければと思うのですが、いかがでしょう。教会が仲介に入りますので、金銭などは一切かかりません。ルカくんが病を克服し、幸せに生きるそのために、どうか決意し、旅立とうという息子さんの背中を、押していただけませんでしょうか」

 真摯な響きをもつシアの言葉に、リラは目尻にうかんだ涙をぬぐった。

 あまりのシアの変貌ぶりにルカは驚きを越えて感動すら覚える。

 もうリラは出会ったころのように、シアを幼い少女とは思ってはいない。その瞳には疑いはなく、むしろ崇めるような視線すら送っていた。母の憑きものが落ちたかのような表情を、ルカは久しぶりに見た。

「わかりましたわ。ルカのためですものね。寂しいですが、なんとか耐えますわ」

「ご理解いただき、感謝いたします。一刻も早く快復できるよう、俺たちも尽力させていただきます」

 無骨にアグラも頭を下げた。シアは慎ましやかにほほえんでいる。

「母さん……」

「ルカ、頑張るのよ」

 母の聡明なまなざしが懐かしくて、ルカは涙が出そうになった。昔の厳しくも優しい母にふたたび出会えたことが、まるで奇跡のようだった。



「ごめん、勝手に話すすめてしもた」

 言葉に反し、シアにまったく悪びれた様子はない。

 シアとアグラ、ルカが村を出たのは、陽の沈むころだった。

 数年ぶりに、ルカは夕陽を見た。空の青が溶けて、濡れた輝きをもつ太陽が輪郭をなくしながら沈んでゆく。蒼と紅のまじりあう色彩の美しさに息を呑んだ。大気はすこしずつ温もりを失い、冴えた風が頬を撫でていく。このような穏やかな気持ちで、空を見ることができるようになるとは、思いもしなかった。

「ね、聞いてる?」

 耳元で囁か(ささや)れ、ルカは我に返った。

「ばたばたさして、ごめんね」

 くちびるを尖(とが)らせて謝る姿は、瞬く間に母を説得した凛とした人間と同一人物に思えないほど幼くうつる。

「それは、いいんです。僕もそれが一番いいと思うから、でも……」

「でも?」

「これ、どうにかなりませんか……?」

 ルカは今、シアの背におぶさっている。村を出たことよりも、羞恥心が勝る。

「え、ご不満?」

「ふれる面積が広いほうがいいだろう!」

 冷静にかえってくる言葉に、ルカは眉間をんだ。

 たしかに、数年部屋にひきこもっていたルカは、深刻な運動不足にくわえ、食事も十分にとらないことが多かったため、手足もかなり細く筋力があるとはいえない。しかし、そう変わらぬ体格のシアに、おぶられるのは、なんだか嬉しくない。そしてなにが一番気になるかというと、しばらくルカをおぶさり歩くシアが、呼吸ひとつ荒げず平然としている点が納得いかない。

「お姫さまだっこははずかしいやろし……。んー、どうやろ。降ろしたらまたアグラくんおかしくなっちゃう? どう?」

 アグラは、苦笑いで横に首をふった。やがて名案を思いついたように、シアは言い放つ。

「アっくん、先行ってくれたらええのよ。報告も兼ねて。二人やったらべつにおぶらんでも問題ないしね。ほんでしばらく、わたしルカくんと行動するから」

「そうだな。ならばそのようにしよう! ではルカ、さらばだ!」

 あっさりとアグラもその提案を受け入れた。言うが早いが、シアに荷をあずけ、道の先、森の奥へ姿を消していった。どんどん小さくなる姿に、ルカは呆気にとられる。そして見送ると、シアはルカを地面におろしてくれた。ぬくもりが離れると、ざわざわと膚を刺す感触がわずかに蘇る。シアはルカの手をすくいとると、その不快感は消えた。

「すごいです。その、俺も修行をしたなら、あなたのようになれるんですか?」

「せやねえ。わたしとルカくんは持ってるものがちがうからねえ。おなじようにはなれへんかもやけど、まわりに迷惑かけへんようにはなれるかもし」

 期待をこめた言葉は、やんわりと否定されたが、励ますようにシアは表情をやわらかくした。

 二人並んで、歩き出す。あたりは刻一刻と夜に近づいている。森へとつづく道は狭く、人っ子一人見当たらない。薄暗い森は深く、先には峻嶮しゅんけんな山々がつづくのみで、到底都に通じる道には見えなかった。

「これから、どこへむかうんですか?」

「山」

 明快な返答に、ルカは困惑する。シアは足をとめ、振り向いた。

「これから、この森を抜けた先にある山を登るの。ちょうどあそこは霊山やから。ルカくんがするのは、この登山修行。身を清めて、精神を統一する。自分自身とむきあって、自分の性質に振り回されへんような健全な精神と肉体をつくることをしていく」

「山を、登るだけ……?」

 母に説明するときに、西の都や医者などという言葉はいったいどこにいったのか。そして山を登るだけで、変わることができるのか。

「そうそう。まあ霊山――険しい地形のとこやから、遠足気分でおられたら困るけどね。お山は神聖な場所やから。清浄な空気はルカくんにとってもええやろし、厳しい自然はどんな場所よりも自身との対話に向いてる。もちろんわたしもつきあうけど、当面の予定はそんな感じ。このままやったらふつうに過ごせやんもんねえ」

 さらりとした言葉が、ちくりと胸を刺す。紛れもない事実であることはルカにもよくわかっている。つい、愚痴のようにこぼしてしまう。

「僕はどうして、こうなんでしょうか。昔はそんなことなかったのに、いつのまにか、人と接していると僕もそのひとも自分が自分でなくなりそうになるんです」

「いつからか覚えとる?」

「六歳くらいのころから、なんだかみんなの様子がおかしくなって。僕を見ているのに、見ていないような。ぼんやりして妙ににこにこしてて。僕自身も物を考えたりまともに立っていることすら難しくなって……」

 自分で思い起こしたのに、苦しくなる。言葉につまるルカを、シアはまっすぐ見つめた。

「なんでやろねえ。きみもわたしもこんな妙な性質持ってても、いいことなんかほとんどないやんね。わたしもなんでかなあ、て思いながら修行してた。なんでわたしがこんな苦しいことをせなあかんねやろって。どうしてわたしにはこんなこわい力があるんやろて」

 きとおるようなまなざしは、消えてしまいそうにはかなげだった。そんなことはない。シアの力は、すくなくともルカにとっては救いだった。言いたいのに、言葉にならなかった。シアの白い指先が、ルカの頬にふれる。どうやら知らずに涙が出ていたらしい。そっとシアはやわらかくルカを抱きしめる。そのぬくもりに、さらに涙があふれた。

「泣いてもだれかにすがっても、なにも変わらんかった。自分を変えるのは、自分しかおらへんかったわあ。でもね、人間一人ひとり、持って生まれた個性が違うように、持って生まれた運命も違う。わたしがわたしとして生まれる前の、前生ぜんしょうで人間として生まれるときに神様にした約束があるからやって。その約束を果たすために、試練が用意されてるんやって。でも、その約束を果たせるようにがんばったら、きちんとしあわせになれるから、がんばりやって、うちのばあばがね、いうてくれはったの」

 やわらかな声が、耳に優しくふれていく。

「励ましてくれるばあばがいて、そばにはみんないてくれて。がんばったら、ちゃんと変われた。変われたら、人の力になれるようになった。こうして、ルカくんのそばにいて、ルカくんが変わるお手伝いができるかもしれへん。それでもしルカくんがだれかのために動くことができたら、それはすごく素晴らしいことやと思う。そういった行いの積み重ねが、きっとみんなの幸せにつながるんちゃうかなって、わたしは信じてる」

 シアの腕に力がこもり、シアの胸に顔をうずめる形になる。心臓の音が聞こえるほどの距離が近い。規則的な心音と、いままでにない甘い香りとぬくもりに包まれた。恥ずかしいけれど、安心する。ずっとこうしていたいようで、いますぐ離れたくなる。複雑な心地だ。

「わたしのこと信じて、がんばってみてくれる?」

 やわらかな声に、顔をあげた。淡い灰色の双眸そうぼうがまっすぐにルカを見つめる。澄んだ白目に、月の光りのように綺麗な瞳がよく映える。シアは手を差し出した。出会ってから何度ともなく、ルカの手をとってくれた。シアは待っているようだった。ルカがみずから手をとるのを、待っている。

「シアさんのこと、信じてみます」

「シアでええよ。これからよろしく」

 もうあたりはすっかり暗く、星がきらめいていた。月にやわらかく照らされた道は、ルカの行く手を導くように光っている。暗く恐ろしく見えた深い森へも、躊躇ためらわずにすすめる自信がある。先刻までの暗澹あんたんとした気持ちが嘘のように、活力にあふれているのが不思議だった。

 


 手つかずの森のなかは、木の根が這い、草が生い茂っていた。白い満月はやわらかく、木々のこずえからこぼれ落ちる光りを頼りに歩をすすめた。さすがにシアは慣れているらしく、やはり呼吸の乱れはない。それに対して情けなくも、ルカの呼吸はすぐに乱れ、足腰に痛みが走る。正直に、シアの速度についていくのが苦しかった。しかしこんなところでつまずいているわけにもいかず、歯を食いしばり、足を前に進める。

「ふあ」

 そんなルカを尻目に、シアはのんびりあくびをした。

 ざくざくと草をかきわけ、造作もなく歩いていく。飛びだした枝葉や木の根に足を取られぬよう必死になるルカとは、雲泥うんでいの差があるように見える。

「ふわ」

 またしても、シアは大きなあくびをする。ルカが彼女の速度に追いついたのか、シアの歩く速度が遅くなったように感じる。

「くあ」

「……シア、大丈夫ですか?」

 とうとう三度もつづくと、尋ねずにはいられなかった。

 やっと歩みをとめて、シアはルカを振り返る。まなじりには涙がうかび、切れ長の瞳はとろりとまどろみかけていた。気だるげにまたたき、ごしごしと目元をこする。立っているのはふしぎなほど、ゆらゆらとゆらめいている。

「眠そうですね」

「せやねん」

 むにゃむにゃととろけた口調でシアは肯定した。よくその状態で怪我がないものだと感心するルカに、ためらいがちに尋ねる。

「寝てもいい?」

「怪我する前に、寝たほうがいいと思います」

「よし。野営しやなあかん」

 あやしい足取りでシアはルカの手をとり、また歩き出す。

 道なき道を、平然と進んでいく。意識があるかどうかもわからない状態の彼女に先導させてよいものかと不安になるが、かといってルカが道程を把握しているわけではないので、正しい道へ導くことができるわけではない。どうしたものかと思考を巡らしていると、かすかな音をとらえた。聞きなれぬ音は次第に近づいてくる。その音の正体を知るのは、木々が視界から消えてからだった。

「川だ……」

 清涼な空気が肺を満たした。川の流れは穏やかで、月の光りを受けてきらめいている。生まれてはじめてみる川に、ルカは感動した。シアはてきぱきと荷物をほどき、石や枝をあつめて手早く焚火の準備をしていく。シアの指示に従い、敷布を広げて寝床を確保するころには、あたりに香ばしい香りが漂ってきた。

「どうぞ」

 ほとんど目がひらかぬ状態のまま、シアがルカに塩漬け肉をあぶったものを手渡す。熱々の肉はつやつやと油に輝き、ほどよくついた焦げ目がまた食欲を誘う。口内に満ちた唾液を、喉を鳴らして嚥下えんかする。かつてないほどよく動いた一日だった。久方ぶりに訪れた、体の奥底からの空腹が訪れたことを、ルカはようやく自覚した。

「いただきます!」

 湧き出る欲望のままに肉にかぶりつく。肉を食べるのは初めてではないのに、まるで知らない食べ物のように感じた。夢中になって咀嚼そしゃくする。

「運動したから、美味しいやろ」

 シアは、眠たげな口調のままだ。そしてルカの目の前に広げた風呂敷のうえにうすく切ったパンと干した果物、竹筒に入った水を並べていく。

「だいぶ、落ちついてきたね」

 ささやくような声で言われてようやく、ルカは自身の変化に気がついた。村を出て、シアから離れたとたんに感じた不快感は、もう感じられない。代わりにあるのは、心地よい疲労感と味わったことのない清々しさ。

「こういう人の手のない森は、自然界のままの綺麗な空気やから気持ちがええよね。ほんで運動は体づくりだけやなくて心の状態もよくしてくれるんよ。心と体はつながってて相互に影響しあうから、健全な精神は肉体に宿るんよ。体験すると、効果わかるやろ」

「健全な精神は、健全な肉体に宿る……」

 この異変が気のせいではないとしたら。やはりシアの言うとおり、ルカは変わることができるのかもしれない。胸のなかを、期待に満ちた高揚感が駆け巡る。

「シア……!」

 名を呼ぶが、応えはない。目を閉じて、品良くすわりながら器用に眠りについたようだった。肩を叩くも、起きるそぶりはなく、健やかな吐息だけがそこにある。

 穏やかなあどけない顔は、なにも知らない赤子のようだ。おっとりしているかと思えば、鋭い意志の強さを見せ、頼もしい説得力で人の心を掴む。そうかと思えば優しく抱きしめなぐさめ、はては無防備に眠りだす。

 つい、つやめく黒髪にふれた。白くふっくらした頬も、昼間にふれた体も、なにもかもがやわらかだ。寝床に運ぼうと抱えようとするが、存外に重みがある。苦心しながら抱き上げると、よりいっそうやわらかさを感じた。その重みすら大切に思えて、ルカは嬉しくなる。用意した寝床に横たわったシアは、猫のように体を丸めた。

 冷えぬようにと掛布をかけると、満足そうに彼女はかすかに笑う。

 なぜか、またしてもルカの目に涙がにじんだ。すがるようにそっとシアの手にてのひらを重ねると、ゆるく握りかえしてくる。そのぬくもりに、頬を涙が伝う。わけがわからないまま、涙はとめどなくあふれた。けれど胸はどうしようもなくあたたかく、ルカを満たしていた。



 シアの寝顔を眺めながら、ルカは眠りについていたらしい。小鳥のさえずりで目を覚ますと、あたり一帯がまばゆく輝いていた。空気は澄み渡り、川のせせらぎが心地よく耳を撫でる。

 すぐそばに、光りをまとうシアが横たわっていた。衣服の下に忍ばせていたのであろう連なる水晶の首飾りがちらりとのぞいている。朝陽を反射してきらきらと輝き、シアの白い面をよりいっそう白くみせる。深く眠りについているようだった。そうっと肩に手をかけ、やさしくゆさぶる。

「シア、ねえ起きてください」

 瞼は伏せられたまま、睫毛すら動かない。黒々と濃いシアの睫毛は、目尻が長い。ほんのり目尻を染めるように落ちる影があり、目元だけみると大人びてみえた。ふっくらと温厚そうなくちびるはすぼめられ、健やかな寝息が規則正しくこぼれる。ルカよりもずっと大人のようにも見えるし、幼くも見える。ふたたび、そっとシアを揺さぶる。

「シア……」

 なにかがルカの頭を掴み、思わず飛び上がった。

「気安くさわってんじゃねえよ」

 耳元で、地を這うような低く野太い声がした。振り向くとすぐそばに、青筋をうかべた青年が大きな黒い瞳でルカを睨みつけている。

やましいことはねえか。あるだろ。あるって言え。疚しいことだらけだろォがよォ!」

 ルカとおなじ人間の声とは思えないほどの声量と鬼気迫る様子に、ヘビに睨まれたカエルよろしく、言葉もなく首をふることしかできなかった。

 短く刈り上げた黒髪に、ゆったりとした黒衣の上からもありありとわかる頑健そうな筋肉にルカよりも頭みっつぶんほどの長身。まるで巨人のようだった。太い首には、連なる黒真珠が下がっている。

 この風体は、アグラやシアに酷似こくじする。しかし山賊のような粗野な雰囲気は、彼らと一線をかくする。なによりルカ自身が、この恐ろしい人物が教会という信仰のもとに身を置いているとは信じたくなかった。

「教会の修行僧、カグラだ」

 ルカから一度たりとも視線を外さずに、カグラは名乗った。嫌な予感が的中した。ルカの背中にじわりと脂汗が伝う。これは本で読んだことがある。彼の視線は、野生動物における優位を誇示する行為だ。しかし本能が、明らかに負けを認めている。勝てる気がしないし、勝てるわけもない。それはカグラもよくわかっているだろうに、念押しのように行っていることが、とても恐ろしかった。

「――ルカです」

「は。アグラの阿呆め、なんだってこんな色情の塊みたいな小僧と可愛い可愛いシアを二人きりにしたんだってんだ」

 ルカは一瞬、なにを言われたのかよくわからなかった。唯一理解できるのは、彼がルカに清々しいほどに明らかな敵意を抱いていることだけだ。このように真っ向に悪意をむけられるのははじめてで、ここまで明快だといっそすがすがしい。

「おいてめえ片づけやがれ。とっとと行くぞ」

 吐き捨てるように言うと、軽々とシアを抱きあげた。乱暴そうな外見に反し、その手つきは意外なほど丁寧な所作だ。シアはカグラの腕のなか、やはりまぶたは閉ざされたままである。あの騒音のなか、起きなかったのだ。

「早くせんかい!」

 せっつくように言われ、ルカは慣れない手つきで野営の準備を片づけだす。

「あの、シアは寝ているだけ……ですよね」

 ちらりとルカに一瞥をくれ、カグラはまなざしを鋭くした。

「手え止めんじゃねえぞ。そうだ。寝ているだけだが、目覚めるまではしばらくかかるだろうな」

「どうしてですか。なにか病気じゃあ……」

「おめえのせいだよおめえの!」

 心底腹立たしいという様子で、カグラは怒鳴る。首筋に刃をあてられたかのように、ルカは急速に体が冷えていくように感じた。

「あいつ、昨日おまえにやたらと触れてこなかったか」

「……はい」

 たしかに、そうだった。そのぬくもりに、ルカは慰められた。

「田舎育ちの箱入り息子に御大層なことを求めるわけじゃねえ。ただ、おまえが不安定になると能力が暴走する。そうならないよう、じかにふれて感情を鎮めてたんだろうよ」

 まるで見ていたかのような言葉に、ルカは声を失った。

「シアの能力は感情を抑制することだ。だが、そればかりじゃねえ。あいつも人の身だ。能力を無理に行使こうしすれば、当然肉体に負荷がかかるんだ。教会上部の莫迦どもは、奇跡の力だ聖女だなんだとシアをまつりあげて教会布教の道具みてえに扱うが、シアもただの子どもだ。力を使いすぎると、死んだように眠りつづける。アグラの阿呆は小賢こざかしいくせにいつもどっか抜けてやがる。なにも考えずに二人しやがって」

 ルカは眠りつくシアを見る。知らずに無理をさせていたのかと思うと、心が痛み申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「で、おまえは感情を促進させると。どういう原理か知らねえが、村一帯が精神異常に冒されていた。しかもおまえは自分が影響を与えた人物から悪影響をうけるらしいな。んなややこしいのに対処できるのは、俺の知る限りシアだけだ。おまえが死ぬ気で自分の能力を制御できるようにならんかぎり、シアは永遠におまえから解放されない」

 カグラが告げる言葉のひとつひとつが、重くのしかかる。シアはルカを

「なんで、そんなことを……」

「俺には、一族から引き継いだ精霊たちがいる。俺は常に精霊の声を聞き守護を得ている。その精霊のひとりが、シアのたましいから、おまえやこれまでの情報を読み取った。だいたいおまえ、俺が普通に会話しているのをおかしいと思わんのか」

「あ……」

 これまでのことが、走馬灯のように思い出される。シアとふれあっていなければ、本来人とまともに会話をすることすらできなかったことを。

「魂とか、精霊とか――そんな御伽おとぎ話みたいな存在が……本当にいるなんて」

 ルカの眉間に人差し指を突きつけて、カグラは言った。

「目に見えぬ異質を信じることは難しい。それは信仰にもよく似ている。だが、おまえはおまえの異質をよくわかっているだろう。おまえだけじゃねえ。この世は上辺の一般論だけじゃねえ思いもしない異質を抱えた人間なんて山ほどいるから、自分を特別だと思うな。だが、他者の精神に強制的に影響を与えるってのはほんの一握りだ。これまで把握している限りシアだけだった。しかしてめえが現われた。ロクでもねえ能力のくせに、影響力だけは半端ねえ。そこがほかのやつと違うところだ。見た目といい能力といい……。あのまま娑婆しゃばにいてみろ。ただの色魔しきまになるぞ」

「あの、シキジョウ、とかシキマ、とか、いったいどういう意味なんですか?」

 控えめに尋ねると、カグラはとびきり機嫌が悪そうに顔をしかめた。

「おまえ荷物まとまったんなら早く言え! 時間の無駄だろうが。で、それはてめえが背負え。続きは進みながらだ」

 理不尽に怒鳴られ、ルカは身をすくめる。あわててシアの荷を背負う。最低限の野営道具だが、ずしりと重い。この荷をもって慣れぬ森をすすむのかと思うと、怯みそうになる。しかし、シアはこれをもって村からここまできた。覚悟を決めて歩き出す。それに、先をゆくカグラはシアを抱えたうえに野営用の荷物を背負っている。大きな背中は振り返ることなく川辺を進む。

「一般的に色情とは、色欲、性欲のことだ」

 生真面目に言われ、ルカは顔を赤らめる。

「ガキのくせにそんな反応するんじゃねえ。人間のもつ一次欲求だろうが。生物が声明を維持するために必要なもんだし生き物すべてに備わっている。悪いものではないが、厄介なもんだ。おまえの性質は人を惹きつけ感情を促進させる。それはもっとも色情の罪をつくりやすい。人の想いは、好意だけじゃねえ。嫉妬しっと邪推じゃすい、果ては憎悪となることもある。他者にそのような思いを抱かせることが、色情の罪だ。おまえはそれをつくりやすい容姿のうえに、その性質だ。しかもそれが強すぎて精神異常をきたすほどだ。俺が色情といったのは、そういう意味だ」

 脳裏に、父や母、村のひとたちの顔がうかぶ。幼いころは、みんなやさしかった。だがすこしずつ成長するにつれて、様子が変わっていった。笑顔はうつろになり、ぶつぶつとなにかをつぶやき、茫然とするようになった。理知的な母も、我を失い異様にルカに執着するようになり、父はその姿をみてルカを不審に思い、気味悪がり家に寄り付かなくなった。

 足元の小石が、進むごとに巨大な岩に変わっていった。一歩一歩踏み出すごとに、ひたいから大粒の汗が滴る。息はあがるが、不思議と体は動こうとしていた。

「べつに、おまえが周りのやつをおかしくしようとしているわけじゃないのはわかる。俺だって、精霊を使いこなせずに、迷惑をかけたことぐらいある。だから、おまえだけじゃねえ。だが、おまえは自分がそういう要素を持っていることを自覚して生きていかなくてはならない」

 前を向いたまま、カグラは強い語気でそう言った。口調こそ荒いが、彼なりのいたわりの言葉のようだった。自分だけではない。シアやカグラの言葉が、ルカを勇気づける。

「僕も、あなたたちみたいになれますか」

「あ?」

「僕も、あなたたちみたいに強く、堂々と、生きていくことができますか?」

 ようやくカグラは立ち止まり、にやりと意地悪く笑った。

「そういうのは、てめえ次第だ。俺は知らねえ。死ぬ気だせば、人はなんだってできるんだよ。ペースあげるぞ。ついてこい」

 


 ようやく空が白んできた。あれから、カグラは容赦なく速度をあげていき、体力が及ばずルカの体は二度吐いた。それでも小休止を挟むのみで、野営は行わずに夜を徹して進んだ。あれからカグラは必要なこと以外はなにも喋らなかった。肉体の悲鳴を聞きながら、ルカは無心で歩を進めた。いまや眠気も痛みも苦しみもない。疲労感につつまれ、考える余力もなく、ひたすらに前に踏み出すだけだった。

「もうすぐ、山頂だ。気張れよ」

 言われてやっと、空気の薄さを感じた。吐く息は白く、朝靄あさもやに包まれて視界が悪かった。それでも、もうルカに不安はなかった。確固たる信念をもって踏み込めば、つまずいたとしても体を支えることができる。体勢の整え方、どこに足を置けば足を滑らさずにすすめるか、経験から察することができるようになってきた。

「シア、起きたか」

 出会ってはじめて聞くような、猫なで声でカグラが言った。するりと逞しい腕をすりぬけ、軽やかに地面にシアは降りたつ。ぐっと両腕を広げて伸びをした。

「ふわー、寝ちゃってたわあ」

 ごしごしと両目をこすり、きょろきょろとあたりを見渡す。ルカは思わずシアに駆け寄り、肩を掴んだ。

「シア! もう体は辛くないですか?」

「おいそこ! 近い!」

 ルカの言葉は、虚しくカグラの大声にかき消された。大きな声量に身をすくめたのち、シアは容赦なくカグラを押しのけ、ルカに向き直る。

「悪いけどやかましいわ。うん、で、ルカくんなんて?」

「僕のせいで無理させて、すみません。もう体はつらくない?」

 なんだか同じことをもう一度言うのは気恥ずかしかったが、シアは至極真面目にうなずいた。平然と顔の前で手を振った。

「気にせんでね、ぜんぜん大丈夫よ。びっくりさしてごめんやで。で、なんでまたカグちゃんおるん? 久しぶり。もしかして、アっくんと会った?」

 シアがついでのように、ねてしゃがみこみ、のの字を描くカグラに話しかけた。強面こわもてのカグラが、まるで子供のような愛称で呼ばれていることが衝撃だった。

「そうだよ。たまたま近くで会って、おまえがどこの馬の骨とも知らない小僧と二人きりって聞いて俺、いてもたってもいられなくてきたのに……」

「反応が古いわカグちゃん。話くらいはそら聞くやろけど、忙しいやん。一年まるまる予定埋まってるってわたしは聞いてたんやけど。あの詰まりに詰まった予定をどんな魔法使って消化したん?」

 小首をかしげた可愛らしい仕草で問うが、その声音は冷淡だ。シアは笑っていない。怒ってもいない。まっすぐに見つめられたカグラは、うすら笑いをうかべたまま目をそらすこともできずに髪や衣服をいじりながら、無言になる。シアも言及せず、ただその瞳をみつめるだけだ。傍で見ているルカがなぜか冷や汗をかく。

「ありがと。カグちゃんおらんかったら、ルカくん困らしたもんね」

 シアは目尻をやわらげ、カグラに礼を言った。別人のように破顔はがんして、シアに頬ずりする。はじめて見る締まりのない表情だった。

「シア~」

「がんばったらこれ、御来光ごらいこう見れるんちゃう? はよいこ」

 まとわりつこうとするカグラを華麗に受け流し、シアは率先して道なき道を進みだした。やはり足場の悪さもものともせず、足取りは軽い。そのあとを、ルカとカグラはあわてて追いかける。

「ゴライコウってなんですか?」

 角度を増した斜面に息を弾ませながら、ルカはシアに尋ねた。

「山の頂上で見る、朝陽のことよ。綺麗なやつは、ほんまにまるくてまぶしくて、すごく力もらえるんよ。でも、天気悪かったりご来光の瞬間に雲が出たりしたら、もう見られへん。なんかでも、今日は見られる気がする」

 振り向かずにそう言うシアは、心なしか嬉しそうに見えた。ずいぶんと視界がよくなってきたが、それでもまだあたりは夜の領域にある。何度めかの斜面を登ると、草が間引かれた空間に出た。砂利道をすすむと、人の手が加えられたのであろう、石を連ねた長い階段がそびえている。階段の両側には隙間なく針葉樹が立ち並んでいる。息をのむほど圧倒的なその光景に、ルカは知らず息を呑んだ。

「急げ。明るくなってきたぞ」

 思わず立ち止まっていたらしい。短くカグラが告げる。シアの背中はもう小さくなっている。慌てて後を追う。下から見上げると遥か長く見えた階段も、これまでの道程を思えば他愛ない。自分でも驚くほどの速度で登りきると、開けた空地に辿りつく。

「うわ………」

 そこから臨むのは、この世の果てのような雲海だった。そこに、巨大な山脈が鎮座する。薄紫色の、夜をほのかに孕んだ白けた空と山脈の境目から、鮮やかな橙がにじみ出ている。いまにもあふれんばかりの光りは、じりじりと大気を染める。なにかが始まる予兆のようなあやうい荘厳そうごんさに、ルカは声をなくした。

 並び立つシアとカグラは、いまだ姿をあらわさぬ太陽に目を凝らしていた。視線はまっすぐそれを見据えたまま、二人はそれぞれ合掌している。その姿はなんともいえず神聖に見えた。非の打ちどころがなく真摯で敬虔な姿勢が、彼らが教会という組織に属し信仰心をもつ人間であるのだと雄弁に証明する。ただ茫然とその瞬間を待つのが礼を欠くような気がして、ルカはしぜんと彼らにならい、合掌した。

 まるでそれを待っていたかのように、まばゆい光が差す。

 これまでの輝きが紛いものであったかのような、はじめて味わう鮮烈な紅。眠りついた世界が目覚めたように、重い瞼を持ち上げるように、その姿があらわになる。巨大な山脈に対し、あまりにも小さな丸い朝陽。涙にうるんだ瞳のようであり、人々を温めるほのおのようでもある。

 大粒の涙があふれてとまらなかった。ルカ自身、なぜ涙が流れるのかわからない。目を逸らすことも閉じることもゆるされない気がして、その場に縫い留められたように立ち尽くす。湧き出る感情の正体もわからず、目から雫を流し続けた。

「なんとも言葉にならんでしょう」

 静かなシアの声は、耳に心地よく落ちた。ルカは黙ってうなずいた。

「ルカくんががんばったから、こんなすばらしいの見してくれはった。ここまでくるのは、ほんまにたいへんやったでしょ」

 ねぎらう言葉に、シアを見る。彼女はまっすぐ生まれたばかりの朝陽に視線をむけたまま、このうえなく優しい声で言った。

「がんばって、よかったやろ」

 数年間まともに部屋から出ず、運動不足の体にはあまりにも過酷な道程だった。足を踏みしめるたび胸中に沸く想いは、けして前向きなものばかりではなかった。これまでの日々とは違う意味で、肉体も精神もぎりぎりまで追い詰められた。いまにも崩れ落ちてしまいそうなのに、あの朝陽を浴びた瞬間、これまで抱いた不平不満や苦痛を忘れてしまった。大変だった。辛かった。しかし、この光りを見ることができた。それだけで充分に思えた。

 あふれる思いは行き場がなく、奥底から生まれたほんのささやかな欲望を、そっとルカはシアに吐露した。

「あの、ちょっとだけ、抱きしめても、いいですか」

 即座に反応したカグラが青筋をうかべて叫ぶ。

「ぬあにを言いさらずんじゃ本領発揮かこの色ボケ糞餓鬼阿呆」

「口悪いわカグちゃん。わたしはいいけど、カグちゃんは?」

 とりなすようなシアだが、どこかずれている。ルカはけしてカグラに言ったわけではない。話を振られたカグラは途端に邪悪な笑みをうかべて、手を組み、骨を鳴らす。嫌な予感しかしない。冷や汗をぬぐい、弁明する。

「違うんです、あの」

「お望み通り、抱きしめてやるよ」

 ルカは生まれてはじめて絶叫した。見た目に違わぬ屈強な筋肉がルカの肢体を締め上げる。体中から聞いたことのない音がし、痛みと衝撃に声をあげた。それでもカグラは力をゆるめない。絶叫がやまびことなり、あたりに響き渡る。

「ふふ」

 視界の端で、シアが笑っていた。声をあげて、体をゆすりながら笑っている。こんなふうにも笑うのか、とルカは痛みを忘れて目を奪われた。カグラの腕からは力が抜け、信じられないものを見るかのように、シアを凝視している。

「おかしい、二人とも。ふふ」

 シアは二人に構わず、心から可笑しいように笑い続ける。なにが可笑しいのか、ルカにはよくわからない。ただ無邪気な笑顔が、ルカを嬉しくさせた。

「声を出して、笑ってる……」

 かすかなカグラの声は、シアにはきっと届かなかっただろう。愕然とした様子に、ルカは彼を見上げた。瞳がうるみ、一筋の涙が頬を落ちる。ルカの視線を感じたのか、カグラはひと睨みしたあと、腕を交差してなんと首を絞めてきた。膂力に身を強張らせたルカに、低く耳打ちする。

「害悪ばかりではないようだな、おまえも」

「えっ?」

「あいつが声をあげて笑うのをはじめてみた。促進という性質も悪くない」

「それって一体どういう……」

「余計なことはするなよ。ぜったい手は出すな」

「恩人に手をあげるような恩知らずじゃないです」

「意味がちげえよ阿呆」

 一瞬面食らい、にかりとカグラが笑った。はじめて笑いかけてもらえた。

 体中に力が満ち溢れ、なんでもできるような気がする。

 ルカは生まれ変わったような心地で、はじめて味わう感情を嚙みしめた。



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