蕾花を待つ

至 観希



 主を穿うがったそのときより、我らの罪ははじまった。



序   


 澄みわたる蒼天そうてんに複数の白線が走った。

 どれだけ風が吹こうと、鼻腔びこうを刺激する異臭は消えない。血のにじんだ指先はもう感覚もない。舞い上がった髪が視界をおおう。するとこんどは聞こえないはずの音が耳元によみがえる。こんなにも広い場所にいるというのに、密室に閉じ込められたように反響し、いつまでもいつまでも終わらない。

 風が止み、肩に背中にふわりと波打つ髪が落ちる。

 こんなにも苦しいのに、この体と心は感じることをやめてくれない。

 こんなことが起きたというのに、なにごともなく世界は流れていく。

 視界の果てに、ゆらめく影がそこにあった。

 けして表情は見えないはずなのに、うっすらとその者がわらっているようだった。

 胸の内が熱い。じりじりとくすぶるそれは、炎のように勢いを増して心をおかしていく。消えろ消えろと願う心とせめぎあい、混沌こんとんとなる。

 やがて影は視界から消えた。

 そして入れ替わるように群衆の足音が近づいてくる。たしかに人のものなのに、異様に規則的に響く音とともに胸がざわめく。大地のふるえが体を揺らし、燦々さんさんと陽が輝くというのにはだあわ立ち悪寒おかんが立ちのぼる。けれどもう抵抗する気も削がれた。

 涙も心も枯れ果てた空虚くうきょな肉体を抱え、襲いくる不快感に耐え忍ぶほかない。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る