第4話 呪われし佐藤

 翌朝、真太郎は朝はやくに工房を出た。

 行き先は南大陸最大の街、球都セナ。

 アッシュの背中を追いながら、寝ぼけ眼で霧のかかった丘を下り、街道へと入る。

 車のないこの世界では、どこへ行くにも自分の足を使うか、馬車を調達するしかない。  

 けれども、セナは歩いて半日もかからない距離にある。

 もともとがインドア派とはいえないタイプということもあり、真太郎は交通機関もないこの不便さが苦ではなかった。

 平和でのどかで退屈で、そしてピッチ&ヒットという競技が盛んに行われている。

 それが真太郎の知るアズスタックだが、奇妙なほどに肌に馴染んでいる。

 セナにつづく街道の両側は、果てしない田園地帯だ。

 霧が晴れ、地平まで埋め尽くされた小麦に似た穀物の畑を目にしていると、故郷に戻ってきたかのような気さえした。


 そもそも、どうして自分は見知らぬ異界を訪れたのか。

 朝は肌寒く、服の上から腕をさすりながら、真太郎は考えた。

 思い切り野球がしたいという単純な動機が大きいが、逆をいえば今までは思い切り野球ができなかったことになる。

 野球の神様に嫌われている。

 少年時代から、真太郎はそう考えていた。

 正確には神様が嫌っているのは真太郎自身ではなく、もっと大きな枠のもの。

 つまり、佐藤という苗字の人間だ。

 無論、そこには野球の神様が実在するのかなどの根本的な疑問がないわけでもない。

 けれども、状況証拠的に佐藤姓は野球との相性が異常に悪いと真太郎は思っている。

 その最たる例が名球会だ。

 日本でもっともありふれた苗字の佐藤。

 だが、名球会入りするほどの輝かしい実績を築いた佐藤は一人もいない。

 鈴木や佐々木、斎藤、山田はいるのに佐藤はゼロだ。

 聞いたこともない苗字の選手がメンバーとなっているのに、佐藤は蚊帳の外だ。

 それどころか、プロ野球で長く活躍した選手でさえ片手で十分足りるほどだった。

 にぎやかな場所に出て、何度か石を投げる。

 おそらく一人は佐藤に当たるだろう。

 メジャースポーツの野球でも、当然多くの佐藤が参加しているのにちがいない。

 それらの現実を踏まえると、大成した者が皆無に近いというのは、確率的にあり得ないことだった。


 ちょうど名球会の件に気づいた、小学校5年の頃のことだろうか。

 真太郎はある<症状>に見舞われた。

 すでに少年野球チームの主砲として活躍し、近隣にその名を知られていた真太郎だが、ある日突然、あたかも呪われているかのように走塁の自由が奪われた。

 その原因は未だに不明だが、こうしてアズスタックを訪れているというのも皮肉なものだった。

 ピッチ&ヒット、それは野球やベースボールの祖となる競技だという。

 初めて会った時、マルクールは間違いなくそう言っていた。

 もしそれが本当だとすれば――

 野球の神様はようやく呪いを解くつもりになったのかもしれない。



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