第3話 クラフトマンシップ

 夕暮れを迎えると、庭に出ることにした。

 生まれ育った街に比べれば、アズスタックは天国のようにのどかな場所だ。

 工房が建つのは、見晴らしのいい丘の上。

 夕日に染まる彼方の山々を眺めていると、いつまでもバットを振りつづけることができるのだ。 

「おいおい、サトー。また素振りか?」

 金属バット片手に階段を下りると、アッシュが口をへの字に曲げていた。

「なに、適度に身体を動かしてないと落ち着かないタチなんでね。というか、君のほうこそバット作りか? この世には効率という言葉があるんだぞ。どうせなら、まとめて作ったほうが楽なはずなのに」

 丸太を組んだ木造の建物は住居兼用だ。

 階段は工房に繋がっているが、上から見下ろすとそこには見事なまでに何もない。

 目に映るのは、壁の棚に収納されたバットが数本と、比較的広い床に描かれた円だけ。

 アズスタックでは、クラフトマンシップというごく一部の人間が備え持つスキルでバットを作るのだ。

「これだからスカウト組は。あのな、俺だって、毎日気まぐれにバットを作っているわけじゃないんぞ。木にはな、マナを凝縮しやすいタイミングってものがある。このベルンの枝は、今日がベストだ。夕刻を迎えても風が吹いてないからな」

 円の中には、複雑な模様や文字らしきものが印されていた。

 アッシュはそれをブーストサークルと呼んでいる。

 木を削りだす道具が一つもない工房が、真太郎は不思議だった。

 獣の骸に残されたマナを養分にして、この星の樹木は育つという。

 けれど、それを差し引いても、円の中央に置かれた枝は柳のように細く、どうにも見た目が貧弱だ。

 昨日は立派な切り株を使っていたが、今日は大きめの爪楊枝ができあがるイメージしか湧いてこない。

「タイミングなあ。でも、それ、大丈夫なのか? 俺の目には、指で挟めばぽっきり折れそうに見えるんだが」

 ふんと鼻を鳴らし、アッシュが二言三言何事かを唱えると、床にはすでにバットが一本転がっていた。

 はじめてではないので驚きはしない。

 それでも、シルクハットが鳩に化ける手品みたいだ、と真太郎は思う。

 瞬きする間もなく、枝はバットに変わっていた。

「こいつを昨日のバットと一緒にするなよ。なんといっても肉食獣のマナを蓄えているんだ。俺の見立てではシルバークロウウルフだな。あんたはまだ知らないだろうが、肉食獣のマナは筋力を中心に強化する。中位リーグあたりの非力なヒッターなら、人が変わったみたいに柵越え連発だ」

 バットを拾い上げると、アッシュは壁の棚に立てかけた。

 アズスタックの職人が作り上げるバットは、マジックアイテムも同然だ。

 人はボール一つ打つのにも、さまざまな力を駆使する。

 筋力、集中力、動体視力に瞬発力。

 アッシュたちが作るバットは、それらもろもろの能力を圧倒的に高めてくれるのだ。


 満足げなアッシュを尻目に、小さく首を振ると真太郎はドアに向かった。

 大半のヒッターにとっては、この星のバットは途轍もなく魅力的なのにちがいない。

 けれども、どうにも受け入れ難い。

 真太郎にとっては、身体を乗っ取られたような気がしてしまうのだ。

「おい、サトー。言い忘れていたが、明日は球都に出掛けるぞ。案内する場所があるんでな。さっきのバットはその時の捧げものだ。とっておきの材料をバットにしたんだから、感謝しろ」

「捧げものって、誰かと会うのか? 唐突にそんなこと言うなよ、アッシュ君」

 ドアのノブに指をかけ、真太郎は振り返った。

「簡単に言えば、この星で一番の偉人だ。といっても、とっくの昔に死んだ人物だから安心しろ。少々面倒だが、マルクールさんの言いつけでもあるし、スカウト組のしきたりだから仕方ない」

 ついでに買い出しをするぞという言葉を聞き、真太郎は庭に出た。

 事情はよく分からないが、少しだけ心が弾んでいた。

 しきたり、とアッシュは言った。

 真太郎はどういうわけか、ダイヤモンドではまともに走ることができない。

 それでも、ここアズスタックでは他のプレイヤーたちと対等に扱われる。

 真太郎にとって、それは久々のことだった。

  

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